退職4周年~Bライフで広がる可能性

こんにちは。からあげです。

今朝、待ちに待ったカナダ入国許可証が届いた。
寝袋から片腕を出してスマホを手にとって時計を見る。すると、メールが届いていた。
最近は営業メールが届かないように配信停止の手続きをしまくっているので、届くメールの数がぐんと減った。
夜中のうちにメールが届いていたので、なんだろうと思った。

メールボックスの中を開けると、嬉しさのあまりガッツポーズ!
思いっきりやると天井にげんこつをぶつけるので控えめにやった。

これまで申請書を2回提出していたが、内容に不備があって突き返されていた。
かなり悲観的になってカナダに入国することは厳しいかもしれないと思っていただけに凄く嬉しかった。
単にPDFで作成した申請書にサインをせずに、そのままメールに添付して送っていたのだった。
今になって思えば、非常に簡単なことだが。。。

どこが悪かったのか指摘してくれなかったので、頭が余計に混乱した。
電話して聞こうかと思ったりもしたが、英語は話せないのでメールで聞いてみた。
しかし、ピントのズレた定型文を返して来たたけで原因は分からずじまいだった。

許可証を確認すると再び眠った。
暇だからと言って薪割りをする気にもならない。

昼前に起きると道具の再確認を行った。
すると爪切りを忘れていたことに気が付き、爪を綺麗に切ってからバックパックの中に入れておいた。
確認が済むとやることがないので、三度眠った。
夕方頃になると目が覚めた。

眠りすぎたためか頭が痛い。
もう少し横になっていたかったが、頭痛に耐えきれなくなって起きることにした。

今は晩御飯を済ませて、こうしてパソコンをいじっている。

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退職4周年を迎えて

サラリーマンを辞めて4回目の春を迎えた。
もう働かないことが当たり前になって、こうして小屋で1日中ゴロゴロしていても違和感を感じない。
毎日早起きして船に乗って仕事をしていたのが遠い昔のように思われる。

随分と遠いところまでやって来たもんだ。
後ろを振り返るともう自分の足跡は見えない。
ヤブをかき分けてもとの世界に戻ることはできるが、今さら戻る気は全くない。
同じ日本という国に住んでいるはずなのに、まるで別の惑星にいるような気がする。

サラリーマンをしていると、常に時間に追われていて自分の人生について考える時間などない。
次のことを考えてせかせかと動き続けないといけない。
余計なことを考えさせないように仕事を与え続けているとも言える。
渦中にある時は全く気づかない。

今になってようやく分かる。
この世界の邪悪さに。

300坪弱の山林と質素な3坪小屋の固定資産税は、年間16,500円。
私設水道のポンプ小屋の電気代は年間約5,000円。

さらに細々とした小屋のメンテナンスの費用加えても、土地の果実の電柱敷地料5,000円を差し引くと、年間2万円もあれば小屋暮らしを維持できる。

必要最低限の生活。寝太郎さんが提唱するB-LIFEが人生の可能性を広げてくれた。

今年はアメリカの3大トレイルのパシフィック・クレスト・トレイルに挑戦する。
全長約4200km、休まず毎日30km歩いても140日もかかる。
途中の休息日や出発前と終了後の移動を考えると、やはり半年は欲しい。

普通のサラリーマンが半年の休暇をとってPCTを歩くことはまず不可能。
毎日サービス残業を強いられ、代休取得もままならない忙しない日常を送っている人間に半年の時間を作ることは無理。
せいぜい頑張っても一月くらいだろう。

仮に休めたとしても、戻って来た時には自分の居場所はない。
会社にとってなくてはならない重要人物であっても、残った人間が必死になって仕事をこなしているうちに、そのうち滞りなく流れるようになる。
そして重要人物から別にいなくても構わない会社のお荷物へと一気に転落する。

戻った直後の気まずい雰囲気に耐えられるだろうか?

私は無理だ。

ロングトレイルの前に立ちはだかる壁の突破は厳しい。
ほとんどの人は金はあっても時間がない。

サラリーマンの権利として有給休暇が与えられているのに、自分の思いどおりに使えない。
忙しいなか休もうとすると、同僚から一斉に冷たい視線を浴びせられる。
そして最後には前回休みをとったのはいつだったか、という訳の分からない自慢大会が始まったりする。

会社に改善を求めても、一向に改まる気配はなし。

Bライフをすれば、支出が大幅に減り、毎月必要なお金はわずかとなる。
今の私なら月5万円もあれば余裕で暮らせる。
長年にわたる努力と研究の積み重ねにより、質素な生活でも幸せを感じられるようになった。
毎日玄米ご飯に味噌汁でも飽きずに食べていられる特殊能力を身に着けた。

世間体を捨ててBライフをすれば、楽になる。凄く。
実際、4年間やってみてそう感じた。
嘘偽りなく言える。Bライフが抑圧された社会から私を開放してくれた!

こんな楽になるライフスタイルがなぜもっと広まらないんだろう?と日々疑問に思う。

みんながみんなBライフをしたらどうなる?

そんな愚問をぶつけてくる人もいる。
Bライフを取り締まる法律はなし。やりたい人がやったらいい。
それで潰れる社会ならとっとと潰れてしまえ!
社会システムを維持するために生きているわけではない。

みんな昭和初期の暮らしをしたらいいじゃないかと真剣に思う。

風呂なんて週に一度入ればヨシ、肉なんて盆正月食べられたら上等だ!

今の時代は恵まれすぎている。
戦後生まれの親父に何度説教されたことか。
耳にタコができた。

そんな親父も3年前他界した。
私の小屋を見ることなくあの世に旅立った。
昼間の仕事に加えて夜のアルバイトもこなして頑張って頑張り抜いて得られた報酬は、定年退職2月前に宣告された白血病。
幸い一命はとりとめたが、後の10年は入退院を繰り返し自分の思い通りにならない人生を送っていた。

夢にまで見た退職後の楽しい生活は、幻と消え去った。

親父の無念を晴らすため、私はとことん遊ばなければならないと思った。
短い人生。他人のためなんかに働いていられるか!

自分の人生を生きるのだ!!

自分の人生を生きるために、Bライフという生き方は非常に有効。
この先、どういう未来が待っていようとも、時代の変化について行ける。

私はBライフに救われた。
そして今度は読者の番だ。

さあ、こちらへどうぞ!!

おわり

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