焼鳥にハマる

おはようございます。からあげです。

今日はおっさんの思い出話を一つするとしよう。

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焼き鳥屋の思い出

かれこれ10年前くらいの話になるだろうか。
私は焼鳥にハマった時期がある。
知り合いに連れて行かれた焼き鳥屋が旨くて感激し、それから一人で通うようになる。
その店は駅前のガード下の細い路地を入って行くと、通路の一番奥にあった。
店内は6畳くらいの広さで、カウンターがコの字状に配置され、真ん中に調理スペースがある、こじんまりとした店だった。

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火はガスではなく炭火で、紀州の備長炭を使っていた。
カウンターには、椅子が基本10脚くらいあって、混み具合によって椅子を幾つか増やして対応していた。
昼過ぎから営業していて、夕方の6時を過ぎると、次第に売り切れのネタが増えてくる。
そしてネタが全て売り切れる8時頃に閉店となる。

お店は親子3人で切り盛りしていて、70過ぎのおやじさんがカウンター内の炭やき台前でせっせと焼鳥を焼き、奥さんもカウンター内に入り冷蔵庫からネタを出しておやじさんに渡したり、食器類を洗ったりする。
妙齢の娘さんがカウンターの外でお客さんから注文を取ったり皿を下げたりしていた。
お姉さんが持っていた注文をメモする紙は、近所の馬券売り場から持ってきたマークシートで、客さんが持って来てくれると言っていたが、私は嘘だと思った。
鉛筆も場外馬券売り場のものだった。
よく親子で口喧嘩をしていて、酔が冷めて興ざめしてしまうこともあったが、こういう親子もいるもんだと人間観察していた。

鶏肉は家の近所の市場で仕入れているみたいで、閉店間際に翌日の仕込みをして冷蔵庫に入れていた。
夕方頃に行って閉店くらいまでいたこともあって、良くその仕込み作業を見学していたものだ。
焼鳥のタレは、壺に入っていて少なくなれば、味噌や醤油、砂糖を追加で足していて、長年の鶏肉の脂が合わさって非常に美味かった。

メニューは基本の焼鳥とネギ、ししとう、しいたけなどの焼き野菜、飲み物は日本酒、焼酎、ビールのみと種類が少なかった。
カウンターにはサービス品のキャベツが入れ物に置いてあって、焼鳥を食べつつキャベツをつまむようなスタイルだ。
何度もキャベツをお代わりすると嫌味を言われるが、常連となっていたので出してくれた。
鳥インフルエンザが流行った時も私は気にせず通って喜ばれた。
お客の数が少し減って通いやすくなって嬉しかった。
その焼き鳥屋は立地が良くて安くて旨いので、繁盛していてタイミングが悪いと満席なることもあって、出直したり泣く泣く止めにしなければならなかったこともある。

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メニューの中で私のお気に入りは、皮と手羽先だった。
皮は塩とタレ両方出来るんだけど、タレを付けたジューシーな皮も良いし、塩のあっさりした皮も良かった。
手羽は脂から絞まった肉まで変化を楽しむことが出来る部位で気に入っていた。
手が脂まみれになるけれど、それでも食いまくった。
頼む順番は、まず初めにねぎま、皮、軟骨、ししとうなど頼む。
定番の品を食べて飢えた胃袋を癒やして落ち着いたら、手羽先やつくねヒップやもも肉などの豪華なものに移行していく。
食べ足りなければ皮を再び頼むこともある。

飲み物はビールから始めて調子が出てくると日本酒に移行する。
当時はまだ殆ど焼酎は飲まずに日本酒を飲んでいた。
冬場は熱燗にしてもらってたらふく飲んだ。
最後の締めは皮か手羽先のお気に入りで締める。
ただ、店の終わり頃になると品切れが続出してくるので、そこは臨機に対応していた。
食材が無くなってくると、寄せ集めの品で何本かの串を作ってくれることもある。
ネギまとつくねが合体することもあった。

本当に旨くて週に何度も通ってた。
盆正月くらいしか休みがなくて、店に入れない時を除いてしばらく毎日通ったこともある。
奥さんから今週は皆勤賞だねなんて言われることもあった。
もう病み付きで焼鳥を食いまくり飲みまくった。
毎回3,000円から5,000円くらい使っていたけど、働いていたから全然平気だった。
当時は酒代だけで月10万以上は使ってた。
この焼鳥の他にも行く所があったからだ。
今考えると本当に勿体無い話だ。

焼き鳥が上手くで大好きな店だったが、この店で気に入らないことが一つあった。
それは親父さんがタバコを吸うとき、灰皿代わりに炭やき台の覗き窓にタバコを置いていたことだ。
空気を取り入れる覗き窓にタバコを置くと当然、煙が吸われて焼鳥を直撃する。
炭で焼いていたからか匂いは付いていなかったが、タバコを止めてそれほど時間が経っていないころで、私はタバコが大嫌いだった。

その行為を見る度に嫌な気がしたが、なかなかおやじさんに言うことが出来なかった。
酔っ払って何度かやめてもらうように言った記憶があるけれど、頑固者で改めることはしなかった。
タバコの件に我慢が出来ず、次第に足が遠のくようになった。
今ならはっきりと止めるようにお願いすることが出来るが、当時は気弱でしっかりと自分の要求を相手に伝えることは出来なかった。
残念なことだけど仕方ない。

この店に行かなくなったのは、別の美味しい焼き鳥屋を見付けたこともあったが、行かないようになってからも常に気には掛けていた。
数年後、偶には親父さんの焼き鳥屋に行ってみるかと思い店を覗いてみると、開いていなかった。
その後も何度か足を運んだが、二度と開店することは無かった。
おやじさんが高齢で店を閉めたのかもしれないし、一等地だったから権利を買収されて立ち退かされたのかもしれない。
今となっては理由は分からない。

この焼き鳥屋は私の焼鳥好きとなった原点だ。
この店に通い焼鳥の素晴らしさを知ることが出来た。
そして変な気を起こして焼き鳥屋をやろうかなと考えるキッカケともなった店でもある。
もうおやじさんはこの世にはいないだろう。
思い出の焼き鳥屋。
あの味は体に刻み付けられているので、
いつの日か再現してみようとも思っている。
もう一度焼鳥に病み付きになってみたい。
今度は自分で最高の焼鳥を作る。

おわり

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コメント

  1. ダルシム より:

    毎日のように飲みに行けていたなんて、
    高い給料貰っていたんですねー

  2. からあげ より:

    >ダルシムさん
    長時間労働と深夜労働との引き換えでした。
    飲みに行かないとやってられない状態でした。
    本当に無駄ですね。

  3. サンバー より:

    からあげさんがMサイズだったことに驚きました^^
    毎日、たらふくごはんを食べておられるので。
    毎日、毎日、休肝日も設けず飲んでいたんだな。。。
    旨そうな焼き鳥なのがよく伝わってくるよ。
    皮か・・・
    皮など脂肪の塊などを好む人は、頭の利口な人が多い様な気がする。
    お酒から脱出できて、立派だと思いました。

  4. からあげ より:

    >サンバーさん
    毎日体動かしているのでどれだけ食べても太りません。
    酒を飲まなくなってから痩せているくらいです。
    焼鳥本当に旨いんですけど、つい行ってしまうことがよく有りました。
    今は自分で味を再現したいと思うようになりました。
    酒を飲まないので店には行きたくないですし、無職となった今では高くて行く気が起きません。