PCT2017スルーハイクの記録~試練のWashington編 その1~

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こんにちは。からあげです。

 

最後の州、Washingtonに入り残り500mile。普段どおりに歩けば問題ない距離だが、残りあと僅かだと思うと、早く歩き終えて休みたいと思うようになった。自分の意思で歩いているとはいえ、こうも毎日毎日歩いていると、歩くのが嫌になってくる。

時間と金を掛けてここまで来たからには、スルーハイクを達成したい!日々、精神修行のような日々を送っていた私はスルーハイクの達成という目標だけしか見えていなかった。

ハイキングを楽しむだけいい。などという綺麗事はあとになって余裕が出てから思うだけであって、歩いている最中は全く思わなかった。常にトレイルの先をゆくことしか考えていなかった。

目標に向かって進むのはいいことだが、その目標が真に自分の求めるものでないと気が付いたら、途中で変更する柔軟さが必要だった。

私は単にPCTスルーハイカーという称号が欲しかったのか。確かにそれもあるが、自分に負けるような気がして止めるに止められなかった。途中で止めたら、何もかもが終わりのような気がした。

 

自分の中には何もない。ただの空っぽのおっさんになってしまう。私は怖かった。

 

Cascade Locks(2144.4mile)からWhite Pass(2292.4mile)まで
8月23日(水)~8月28日(月)

行程 148mile

8月23日 2144.4mile~2163mile 18.6mile
8月24日 2163mile~2192mile 29mile
8月25日 2192mile~2221mile 29mile
8月26日 2221mile~2248mile 27mile
8月27日 2248mile~2277mile 29mile
8月28日 2277mile~2292.4mile 15.4mile

 

昨夜は鳥のねぐらとなっている木の下で寝てしまって大変な目に遭った。起きて外に出ると、ツエルトが糞まみれになっていた。それにしても凄い数だった。木の枝に鈴なりに鳥が留まって全体が黒っぽくなっていた。

夜、鳥の鳴き声を聴きながら、今日出発することに決めた。体調は万全とは言えないが、賑やかなキャンプ場で泊まっていても落ち着かない。ハイカーは歩いてこそハイカーだ。2晩寝て疲れがかなり取れた。

町を出発する前、Columbia Marketでジュースやお菓子などを買って食べると、町のメインストリートを出口に向かって歩く。すると大変お世話になった「Ale House」の前を通りがかった。営業は昼の11時からと遅めで、食事をしてゆくことはできなかった。

店前にいた可愛い猫が私にすり寄ってきた。ヨシヨシ。ああ可愛い。
動物たちは必ずと言っていいほど、カメラを向けるとそっぽを向く。

可愛い猫に見送られながら、Cascade Locksの町をあとにした。

私は自分の信じる道をゆく。悪いが、ここを通らせてもらうぞ!

OregonとWashingtonの州境となるColumbia Riverを渡るには、Bridge Of The Godsという通行料が有料の橋を渡る。車$2、バイク$1、自転車・徒歩無料。

ゲートの上にPCTの大きなマークが表示されている。もちろん橋の上はPCT正式のルートになっている。

Bridge Of The Godsは1926年に完成した古い橋で、全長は565m、水面からの高さは43m。
WashingtonとOregonの州境のColumbia Riverに架かっている。

橋の全景

Cascade Locks入りした初日に撮影したもの。名前の通り、何か神々しく見える。

橋には歩道がないため、道路の左端を自動車に気をつけて歩く。

橋はCascade Locksの観光名称となっていて、観光客にも非常に人気がある。それはなぜか、大型車両が通る度に橋が揺すれ、路面がグレーチングとなっていて下が見えるからだ。橋の袂の駐車場に車を停め、歩いて渡る人が多い。無料のアトラクションとなっている。

グレーチングのようす

おそらく強風が吹いても壊れないように、空気抵抗の少ないグレーチングとしているようだ。グレーチング越しに下の公園が見える。小さいものだとすり抜けて下まで落ちてしまうので注意が必要だ。

私は高所恐怖症ではないのだが、下を見ているとなんだか落ち着かない。

橋の上で記念撮影

下流方向をバックに写した。ちょうど観光用の外輪船が川面を走っていった。
周囲は山火事の影響で白く霞んでいる。

上流方向を望む。

川岸から突き出た島がThunder Island。先日、PCT DAYSというイベントが行われた島だ。橋の付け根の川岸には私が泊まったキャンプ場がある。

橋を渡ってWashingtonに入る。WashingtonはPCT最後の州でおよそ500mile。順調にゆけば、20日で国境を抜けてCanadaのManning Parkに到着する。

バックパックには、およそ150mile先のWhite Passまでの6日分の食料が詰まっている。軽量化のためマルチャンを主食としているにも関わらず、バックパックはパンパンに膨れ上がりショルダーストラップが肩に食い込む。

Canada国境まで507.2mileの標識。否が応でも気分が盛り上がる。Canadaはもうすぐそこだ!

よくぞ、Mexicoからここまで歩いて来たな!ヨシ行くぞ、Canada!

PCTは昔からの慣習で馬の通行もOK。ときどき馬が突然現れるためドキッとする。
白馬に乗ったWesternテイスト溢れる爺さんだった。

途中、伐採作業中のため、PCTは閉鎖されていて迂回する必要があるとのことだったが、迂回路の分岐に来ても何ら注意書きやテープでの封鎖はされていなかった。必要ないのにわざわざ迂回するのも馬鹿らしいので、そのままPCTを歩いて行った。

すると予想通り伐採作業は行われておらず、無事に通り抜けることができた。たった1,2mileの迂回とはいえ、6日分の食料を持った人間にはキツい。非常にラッキーだった。

20時前、2163mile付近の林道脇でツエルト設営。
砂利が押し固められていてペグが効かないため、その辺に転がっていた石を使ってロープを固定した。

Washingtonに入ると植生が変化した。森は一層深くなり、シダのような植物が茂っている。
湿度も急に上がり蒸し暑くなった。天気は曇でハッキリとせず、時折小雨がぱらついた。

前日に雨が降ったためか、巨大ナメクジがトレイル上を這っていた。じっくり見ると意外に可愛らしい。ナメクジを踏みつけないように下を見て気をつけて歩いた。

Creekに掛かるコンクリート製の橋。こうした橋はPCTでは珍しい。

焚き火の炭で落書きをしたものが残されていた。橋の下で泊まったハイカーが書いたものだろう。

舗装道路に出たところで昼食にする。山奥なのに意外と交通量があって車からジロジロと見られた。北に上がるにつれてハイカーの数が減るため、ドライバーには珍しいのか。

歩行者注意の看板

PCTハイカーが頻繁に横断するため、設置されているらしい。わざわざフラフープのシールが貼られている。貼ったやつは相当の暇人だな!

振り返るとMt.Hoodが見えた。最大望遠で撮影した。もうこんなにも歩いてきたのか。
先日、Timberland Lodgeで寛いでいたところだったのに。

そしてこちらがMt.Adams。どっしりとした山容で存在感がある。

鹿の骨

すっかり白骨化してトレイル脇に落ちていた。見つけたハイカーが拾って並べたに違いない。

この日、荷物を軽くしようと、3食飽きもせずマルチャンを作って食べ続けた。そのお陰で随分荷物が軽くなった。袋入りツナはタンパク質豊富でパワーが出るが、重たいのが難点だった。

20時前、トレイルのすぐ脇でツエルトを設営した。すでに日が暮れて周囲が暗くなりはじめていたため、贅沢は言ってられなかった。この先の水場では先行者がキャンプしていると思ったので、あえてここでストップ。

暗くなっても歩くハイカーがいないこともないので、張り綱を引っ掛けられないように靴と杖を置いておいた。2mmのダイニーマロープの被覆には、反射材付きの繊維が使われているので、ヘッドランプの光が当たれば目立つのだが、念には念を入れておいた。

Cascade Locksの町を出て3日目。緑は一層濃くなり、ヤツの気配が濃厚になってきた。

トレイル上ではクマの糞が多数見られるようになった。トレイル沿いに生息するBlack Bearは非常に臆病で、まず人間の前に姿を現すことはないが、いつ何時ヤブの中から現れるとも限らない。周囲を警戒しながら歩く。

2197mile地点のSheep Lakes

森の中にある小さな湖。周囲の草はクマによってなぎ倒されて、糞があちこち落ちていた。驚いたことに、すぐ近くのキャンプサイトでカップルハイカーがまだテントを張ったまま寛いでいた。夜間から早朝にかけて、クマが水を飲みにやって来るのだろう。ハイカーとクマが一つの湖を利用しているのは面白い。知らぬが仏だな。

木と一体化したPCTマーカー。

そのうち木に飲み込まれてしまうだろう。

三角マークはキャンプサイトの印。落ち着いてキャンプできるようにトレイルから離して整備されている。それなりに手が入っているため、サイトは快適この上ない。

私は既存のサイトは好まないため、新規開拓ばかりのサイトで泊まっていた。(ほとんど塞がっていて泊まれなかったというのが本当のところ。)

PCTを歩き終えたらやってみたいことの一つが乗馬。馬に乗って颯爽と草原を駆けて行きたかった。ところが、PCT終了直後、右足首の疲労骨折により歩くのもやっとの状態で、観光どころではなくなってしまって非常に残念だった。

倒木が朽ちてハイカーに踏まれてボロボロになったようす。巨大な倒木であっても時間が経てば土に還る。

木々の合間からMt.Adamsが見える。次第に近づいてきた。

17時前ころ、道路脇のキャンプサイトでトレイルマジックに遭遇した。
もう近寄らないと心に決めていたのだが、食べ物の誘惑に負けてやって来てしまった。
ここでの思い出はまったくない。他のハイカーが談笑しているところに入ってゆくと、周囲に白々しい空気が漂い、ハイカーたちがいそいそと出て行った。私は食べるものだけ食べると、礼を言って逃げるように立ち去った。

その後、19時過ぎ、トレイルから少し離れた場所でツエルトを設営した。まだ19時過ぎだというのに、周囲は薄暗くなりかけていた。日没が早まったこと、森が深いこと、曇りがちの天気が影響しているらしかった。

早朝、2226.4mile地点、Trout Lakeのヒッチポイントの道路にやって来た。交通量は全くなし。事前に予約をしておくと、トレイルエンジェルが迎えに来てくれるらしい。

ここWashingtonではヒッチハイクは一度も行わない予定。そのため、たくさんの食料を背負ってきた。そのままスルー。

Cascade Locksを出ると、再びハイカーの集団に取り込まれて、毎日数多くのハイカー達とすれ違っていた。この時はまだ8月下旬、スルーハイクするには十分余裕があるため、あちこちの町で寄り道するハイカーが数多く見られた。

Mt.Adams近くから見えるのはMt.Rainier。この時はまだ山火事閉鎖で近くを通ることになるとは思いもしていなかった。遥か彼方に見えたMt.Rainierを最大望遠で捉えた。

Mt.Adamsの登りに差し掛かると、早くもバテる。経費節減のためパワーバーではなくクランキーバーに変更したが、食べても食べても元気がでない。

坂を登りきった景色の見える場所で昼食をとる。日差しで暑かったため、木陰で少し休んだ。

Washingtonに入ってからは朝晩が冷え込むようになってきて、お昼近くまでウインドブレーカーを着て歩くことが多くなっていた。

Mt.Adamsの中腹を横切る。

山の斜面では堆積した残雪が崩れて落ちていた。これは残雪というより氷河だな。

8月終わりころになっても、Creekは雪解け水で茶色く濁っていた。

周囲の風景

見渡す限り人工物はなし。

干上がりかけの池

シンプルな標識

もっと先へ。すでに1日のノルマの25mileを歩いていたため、早い時間だがねぐらを探しながら歩く。

19時過ぎ、2248mile付近のトレイルから少し入った場所でツエルト設営。
下がフカフカの砂地で寝心地は抜群だった。立木や草に縛ってロープを固定した。

Cascade Locksを出て5日目。

バックパックが軽くなりようやく調子が出てきた。当初、6日分の食料の重さに耐えられるか心配だったが、これまでは至って順調に進んでいた。

小さな池の辺りにはクマの足跡がたくさん付いていた。藻が繁殖して水が干上がりかけていて、濃厚なだしが出ていそうな水だった。

トレイルジャンクションの広場で昼飯を食べていると、人懐っこい鳥がやって来た。カメラを向けても逃げようとしない。しばらく可愛い仕草を見守っていた。

この日まで、地味な樹林帯歩きが続いていたが、この後とんでもない景色が待っているとは思いもしなかった。

2268mile付近、Yakama Indian Reservation境界手前をゆく。ここまではWashingtonの見慣れた深い森が広がっていた。

峠を越えてYakama Indian Reservationに入ると景色が一変する。樹林帯は切れ、目の前にGoat Rocksと呼ばれる岩山が現れる。久しぶりに見る素晴らしい景色。ただ、山火事の影響により白く霞んでいた。

Cispus Pass手前から歩いて来た道を振り返る。ガラガラした山の山腹にトレイルが伸びていた。

Cispus Pass過ぎ、2270mile付近の水場からGoat Rocksを見上げる。思わず息を飲むような絶景が広がっていた。
冷たく美味しい水をお腹いっぱいに飲む。

この周囲には極上のキャンプサイトが点在していて、思わずキャンプしたくなったのだが、まだ15時過ぎと早い時間であったため通過することにした。

ボサボサ頭の草が辺り一面生えていた。

まだまだ絶景が広がる。

2274mile、Old Snowy PCT Alternate Trailジャンクション付近

深い谷の向こうにMt.Rainierが霞んで見える。

Old Snowy Moutainから伸びる尾根。極上の尾根歩きの始まりだった。

Old Snowy Moutainを振り返る。上部はまだ深い残雪に覆われていた。かつてのPCTはOld Snowy Moutainの頂上近くまで登ってから尾根伝いに下るルートであったが、現在は山の中腹を横切るルートとなっている。旧ルートは遅い時期まで残雪があるため注意が必要だ。

赤いルートが現在のPCT、紫が旧PCT。

残雪が多い時は新道を通った方が無難。
Old Snowy Moutainの山腹をトラバースする時、日陰にある残雪の上を歩く。
Washingtonで残雪の上を歩いたのは、Old Snowy Moutain付近のみ。

2268mile付近 Yakama Indian Reservation入口から2276mile付近 Elk Pass過ぎまでのおよそ8mile、極上のトレイルが続いた。Washingtonではダントツでナンバー1、PCT全体でも間違いなく上位にランクする。

峠を越えるまで、見慣れた景色が続いていたため、淡々と歩いていたのだが、峠を越えてGoat Rocksの山々が見えた瞬間、テンションが最高潮まで一気に上がった。その後、すぐに終わると思いきや、Old Snowy Moutainで再びヤラれる。ハイカーコミュニティーに入れず、鬱積したストレスを抱えて歩いていたのが、ここに来て憂鬱な気分が一瞬で晴れた。重い荷物を背負って毎日馬鹿みたいに歩いた甲斐があったと思ったものだった。この時の感情は今でも鮮明に覚えている。良い記憶ばかりではないPCTの中、輝き続けている記憶の一つとなっている。

 

ありがとうPCT。私はこの瞬間のために歩いてきたとハッキリ断言できる。

 

19時半過ぎ、2277mile付近の水場を過ぎた辺りでツエルトを設営。
木に囲まれたプライベートスペースで静かな夜を過ごした。

6日目、荷物を少しでも軽くするため、朝食を食べてから出発する。

これまでは2時間ほど歩いてから朝食をとっていたが、Washingtonに入ってから荷物の軽量化のために、キャンプサイトで朝食をとることも多くなった。朝の冷え込みが厳しい時は、これまで通り、日が昇り体が温まるまで歩いた。

最終日の今日は多少のアップダウンはあるものの、White Passに向かて下り基調となっている。無理をせずとも、余裕を持って峠まで下りられる。

昨日の興奮が冷めらやぬまま、ハイテンションで下ってゆく。

麓の近くでライチョウのような鳥を発見!

これはどう見てもライチョウだ。鳩ではない。意外と人懐っこくて私の近くを動き回っていた。

12時ちょうど、White Pass近くのHwy12に出る。ここから峠のお店までHalfmile。
広い路肩を歩いてゆく。

 

White Pass(2292.4mile)0.5mile徒歩

White Passのスキーリゾート近くにあるお店。基本はこのお店に食料を送る。小さな店のため大勢のハイカーが押し寄せて買い物したら、在庫はすぐになくなってしまう。あったらラッキーに思っておいた方がいい。必要にして十分なサービスを受けられる。
西へ20mileヒッチハイクすれば、Packwoodという町まで下りられる。

荷物受け取り可(料金$5)、Wifiなし、AT&T圏内、AC電源・コインランドリーあり。

 

峠にあるお店はガソリンスタンド併設のコンビニ。
遠目から大勢のハイカーが休んでいるのが見えた。

早速、店内で食料を受け取る。食料が無ければ、今後ハイキングは続けられなくなる。

荷物を受け取ったあとは、フライドチキン、サンドイッチ、ジュース、お菓子、アイスクリームと全部で$21の大盤振る舞いする。6日間歩き続けてきたため、慢性的な空腹状態となっていた。町に下りた時に食いだめをしておかないと、あとでトレイルに戻ってから寂しい思いをする。食べられる時に食べておくのもハイカーの仕事だ。

店内は充実したハイカーフードで満たされていた。ほとんどのハイカーは自分で食料を送っているため、購入することはほとんどない。ハイカーボックスは持ちきれない食料で溢れている。マルチャンは1袋¢99、驚きのリゾート価格となっていた。

店内に入って右奥が休憩スペース

身なりの汚いハイカーたちがくつろいでいる。AC電源のコンセントが壁にいくつかある。

店内のハイカーボックス

なんと大きな鍋が入れられていた。ハイカーが持ち歩いていたとは思えない家庭用だった。
店内は道具類が多く、店外の箱にはたくさんの食料が入っていた。

ハイカーボックス マルチャン2袋、オートミール4袋IN、CLIFF BAR2本OUT
 

山を下りて来ると、たくさんのハイカーがいて全く落ち着かない。
どこへ行ってもハイカーだらけ。どうやらPCT DAYSに参加したハイカーの集団に追いついてしまったらしい。PCTも終盤になり気の合う仲間同士でワイワイと談笑するハイカーばかりで、常に一人の私は淡々と次のSnoqualmie Passに向かうための準備をするのだった。ただ一人見知った顔のHobo Maxがいたが、話をする気分ではなかった。

店前で寛いでいたら、やって来た爺さんに「君はホームレスか?」と馬鹿にされる始末で、全く気分が冴えない状態だった。この時になって6日分の食料を背負った疲れがどっと押し寄せてきた。

残り500mile、いざWashingtonへ!!
休養はもう十分。次のWashingtonに向かって出発することにしました。鳥の棲家の真下にツエルトを張ってしまい糞まみれとなりましたが、運がついて幸先が良いスタートとなりました。
おっさん食い逃げ!!
Trail上では飲み食いできない、冷たいSODAや温かい食べ物は非常にありがたいです。Trail Macicには幾度となくピンチを救くわれました。ただ、毎回Trail Angelや他のハイカーとコミュニケーションが取れずに、気まずい思いをしていました。それなのになぜ寄ってしまうのか。ここに悲しいハイカーの性が見え隠れします。
ご機嫌な尾根歩き♪
Washington入っても山火事の影響は続きました。迂回を強いられるほかに、煙で視界が悪くなって景色が見えませんでした。ハイキングのご褒美である景色が見えないのは堪えました。ところがOld Snowy Mt付近は煙の影響が少なく景色が良く見えました。気持ちの尾根歩きが続きました。Washingtonで一番テンションが上ったところでした。
自分のハイクを続ける
White Passに辿り着き、残りあと350mileとなったときの心境を語りました。自分のハイクをどう締めくくるか、ということに集中してハイキングを続けていました。淡々と日々が過ぎてゆきましたが、充実していたときでした。

 

White Pass(2292.4mile)からSnoqualmie Pass(2390.6mile)まで
8月28日(月)~9月2日(土)

 

行程 98.2mile+???

8月28日 2292.4mile~2301mile 8.6mile
8月29日 2301mile~2318mile 17mile
8月30日 2318mile~山火事迂回 ???mile
8月31日 山火事迂回~2353mile ???mile
9月1日 2353mile~2381mile 28mile
9月2日 2381mile~2390.6milemile 29mile
 
 
3時間ほどWhite Passのコンビニで休み、16時前ころPCTに復帰した。
トレイルに戻ると一気に静かになった。
 
お店で休憩したところなのに、余計に疲れたような気がした。無事に補給は済ませたので、無理をせずにスローで歩いてゆくことにした。
 
 
一瞬ドキリとさせられるピンクテープによる封鎖。
単に丸太橋を整備中のため、通れないようにしていただけだった。
 
 
19時半ころ、2301mile付近、池の近くでツエルトを設営した。蚊が少しいたが、Oregonのようなしつこさはなし。パワーバー1本をかじると、中に入ってさっさと眠った。
 
 
本日は朝から体調不良で体が重たい。少し歩いただけで汗が噴き出して汗まみれになった。
こういう時ほど焦らずマイペースで歩く必要がある。
 
 
Cascade Locksで履き替えたトレランシューズのつま先が早くもめくれてきた。めくれたままにしておくと、木の根っこに引っかかったりして鬱陶しいので、引きちぎっておいた。
これで多少はマシになった。
 
 
先行するハイカーに続いて丸太の一本橋を渡る。こういう丸太橋は前を向いてテンポよく渡った方がより安全に渡れる。下を向いて慎重に渡るとかえってバランスを崩して落ちそうになる。
かと言って全く下を見ないと足を踏み外して落ちそうになる。何事もバランスというものが重要だ。
 
 
この日は特に蒸し暑く感じた。実際に湿度が高く暑かったのだが、体調不良により暑さ耐性がかなり低下していた。そのため大汗をかき、水の消費量が多くなっていた。Washingtonに入り水場が多くなったため、水に困るようなことはなかった。
 
 
2316mile、Anderson Lakeの湖畔でついにダウン。涼しい風が吹き抜ける木陰でシートを広げて昼寝した。「アンダーソン君!」などとつぶやきながら、一人ニヤニヤした。
 
 
その後も休み休みしながら歩いていたが、どうにも体が言うことをきかない。
15時過ぎDewey Lakeまでやって来ると、もう今日はここまででいいんじゃないかという気になってきた。そこで湖畔を歩き回って静かなキャンプサイトを探す。
 
 
歩きまわってみたが、湖畔のサイトは閉鎖されているところばかりだったため、仕方なく内陸のキャンプサイトでツエルトを設営した。
この日、非常に調子が悪く17mileしか歩けず。最低限のノルマとしている20mileにも達しなかった。
 
 
このPCT、歩くのは義務ではなく、単なる自己満足で歩いているのだが、スルーハイクするには遅すぎてもダメ。最低限の距離は歩かねばならない。私が最低限の距離としているのは1日20mileで、25mileを歩けばあとは好きにしていいことに決めていた。
ノルマというと義務感のようなものが発生してしまうため、あまり使いたくない言葉なのだが、スルーハイカーとしてやるべき仕事は少なからずある。それが歩くこと。だからノルマという言葉を使っていた。
 
 
昨晩、湖畔のキャンプサイトで寝ていると、鹿ではない大型の哺乳動物の気配を感じた。重量感たっぷりの足音と息遣いだった。クマではなくおそらくエルクと呼ばれる動物だろう。
夜陰にまぎれて水を飲みにやって来たようだった。一度はエルクを見たいと思ったが、一度も見る機会に恵まれなかった。見たければ、もう一度来いということか。
 
Rocky Mountain Bull Elk
 エルク(Elk)雄
 
 
7時30分ころ、2321mile地点のChinook Passまでやって来た。
何かようすが変だ。峠を通過して先に進もうとしていると、山火事のため峠より北のPCTが閉鎖されていた。なんと言うことだ!
 
随分前からPCTAに掲載されていた山火事箇所だったが、トレイルは閉鎖されないままだった。あとで知ったことだが、トレイルが閉鎖されたのは、なんと前日の8月29日午前11時30分だった。体調不良でなかったとしても、閉鎖される前にChinook Passを通過するのは無理だったので、それほど悔しくは思わなかった。
 
 
Chinook Pass以北のHwy410も閉鎖されていた。ただ閉鎖は日中だけで、夜間は通行可能だった。夜間は山火事の炎が見えるため逃げやすいからなのか。
ガードマンが見張っていて、南からやって来た車に事情を説明していた。
 
 
すっかりやる気を失って峠の駐車場に下りてゆくと、足止めを食らったハイカーが溜まっていた。皆、この先どうしたらいいか話しているところだった。
私は親切そうなハイカーに話しかけ、山火事や迂回路などの情報を得た。
 
 
救いだったのは、山火事によるトレイル閉鎖を知ってすぐにトレイルエンジェルが駆けつけてくれたこと。大量のスナックと飲み物を積んで、はるばるSeattleからやって来てくれた。ここで冷たいジュースと果汁滴るオレンジを頂いて随分落ち着いた。
 
 
PCTが閉鎖されているのは、2321mile地点のChinook Passから2345mile地点のUrich Cabinまでのおよそ24mileの区間。
 
 
迂回路はChinook PassからHwy410、GreenwaterからForest Service Road 70を通り、Urich Cabin付近からPCTに復帰するルート。およそ20mile距離が長くなる。まだPCTAでは正式な迂回ルートの発表はなく、暫定的なGreenwater経由でのルートが発表されているのみだった。
 
Forest Service Road 70は、主要な分岐にも標識がなく、迷路のように入り組んでいるため、地図を持たずに歩くと迷子になる。こうした突然の迂回にも対応するためには、オフラインでも使えるPCTアプリ「Guthook」が有効だ。圏内で一度表示されておけば、圏外でも見ることがきる。表示切り替えをすれば、道路も表示できるスグレモノ。
 
 
トレイルエンジェルたちはChinook PassからUrich Cabin入口までハイカーを車で運ぶ手筈を整えていてくれているようだったが、これまでの迂回も全て自分の足で歩いたため、歩いて迂回することにした。スルーハイクという行為は自己満足、だったらどこまでも自己満足を突き詰めてやろうと思った。
 
 
Chinook Passから北側のようす
 
道路が閉鎖されているため、通行車両はなし。かなり北の方の空が白く煙っていた。
 
 
 
峠から下りてすぐのところ、Tipsoon Lakeから見たMt.Rainier。周囲を取り巻いているのは山火事の煙。
 
 
峠からの下りはヘアピンカーブが続く。ショートカットできそうなルートを探したが、急過ぎて危険だった。おとなしく道路に沿って歩いた。今GoogleMapで見ると、ヘアピンカーブをショートカットできそうなトレイルがあるのが分かった。
 
 
仮設の電光掲示板に山火事閉鎖のお知らせが表示されている。
 
 
道路の路肩は狭くて、歩いているとかなり危険だった。自然に溶け込むグレー一色の格好だったため、余計にドライバーから目立ち難かった。通常、こんな山奥で歩いている人間はいないので、ハイカーが歩いているとドライバーはビックリするらしい。
通行車両はほとんど観光客ばかりで、冷たい視線を浴びつつ淡々と歩いていった。
 
 
Mt.Rainierをズームで撮影。8月下旬だというのに上部は残雪に覆われている。おそらく万年雪だろう。
 
 
迂回で一番気になるのが、食料と水。情報がほとんどないため、行き当たりばったりで自分で見つける必要があり、一気にRPGゲーム色が強くなる。
 
まあたいていなんとかなる。
 
 
Hwy410沿いを流れるWhite River。川の水は白く濁っている。水が無ければ、この川の水を飲めばいい、と思うと凄く気が楽になった。
 
 
長く単調な道路歩きがどこまでも続く。全く何にも楽しくはない。なぜ、自分は楽しくもない道路を歩いているのだろうか。自問自答しながら歩いた。
 
 
15時ころ、道路沿いの小さなリゾートにやって来た。
迂回で歩く距離が20mileも増えたため、食料が底を付いてしまう恐れがあった。偶然通りがかったリゾートに売店を見つけた。
 
ここ以外補給できる場所はなし。非常にラッキーだった。ここで補給できなかったら、一食の食事の量を減らす必要があった。
 
 
小さなリゾート内のお店
 
 
食料はオートミール2袋、マルチャン2袋、あとはジュースとお菓子などを購入した。
全部で$6.5、オートミール¢50、マルチャン$1のリゾート価格だったため、必要最低限とした。
 
 
この後、店入口のすぐ近くで休憩していたら、やって来た夫婦のおばちゃんに「ここはプライベートスペースよ、出ていきなさい!」と冷たく言い放たれた。結構グサッときた。相手は私のことをホームレスとでも思ったのだろう。間違えられても仕方ない格好だった。
始めリゾートの管理人かと思ったのだが、お店と同じ棟のロッヂに宿泊している客だった。自然な作りでプライベートスペースだと全く気付かなかった。すぐに荷物をまとめて立ち去った。
 
 
Greenwater手前、Forest Service Road 70へのショートカットルートがあることに気が付いた。さっさと道路歩きを済ませてトレイルに復帰したい私は迷わずショートカットルートを選択した。入口に岩を置いて封鎖してあるところをすり抜けて奥へゆく。
 
道が消えてヤブに包まれたころ、進行方向の遠くの方から銃声が聞こえ出した。じっと耳を澄まして聞いていると、ハンターが獲物を撃っているのではなく、ただ単に遊びで拳銃を乱射していることが分かった。
私のような身なりの汚いハイカーが彼らの前に出ていったら、格好の標的ができたとばかりに撃ちまくられて蜂の巣にされかねない。無理に突破するのは危険だと判断して引き返すことにした。
 
 
ショートカットルート。封鎖されて長いためか、途中で道は消えていた。ここでショートカットが決まれば、2mileほどは得するはずだった。失敗してかえって距離が増えた。
 
 
20時前ころ、入口まで戻って岩陰でツエルトを設営した。
 
この後暗くなってきてから1台車がやって来て30分ほど停まっていた。エンジンを掛けっぱなしのまま出ていきそうで出ていかなかった。
 
最後にクラクションを短く鳴らして出ていった。いったい何をしていたのかは謎のままだった。
 
 
 歩き始めると、すぐに小雨が降り出した。しばらく小降りだったが、次第に本降りとなったため、途中でポンチョを着用して歩いた。
 
昨日から山火事迂回で歩いているが、まったくハイカーの姿を見かけない。通行車両は観光客ばかりで、冷たい視線をビシビシと感じる。そんななか、わざわざ車を停めて「送ってあげようか?」と言ってくれる人もいて非常に嬉しかった。
 
 
 
その後、ようやくForest Service Road 70に入ったものの、雨は止まず休憩場所に困っていた。腹が減ったので朝飯が食べたい。お金をケチってパワーバーの代わりにクランキーバーを混ぜたため、全然力が湧いてこない。雨に打たれながらトボトボと歩いていると、おっさんのセンサーが激しく反応した。
 
道路の分岐から立派な橋があるのが見えた。橋の下に下りてみると、快適な広場があった。ここでようやくバックパックを下ろして休憩できた。
 
 
ポンチョはパックカバーが不要なためいいのだが、雨の中休もうとすると困ったことになる。バックパックを下ろすにも一旦ポンチョを脱がねばならいし、下ろしたバックパックはビニール袋かなにかを掛けておかねばならなくなる。PCTでは何度か休みたいのに休めない状況となった。立木があれば、ポンチョタープにロープを付けてタープとして使うこともできるが、いちいちロープを付けるのも面倒くさい。かと言ってロープを付けっぱなしにはできない。
ポンチョ使用時の休憩が今後の課題となった。
 
 
その後、9時前になるとようやく雨は止んだ。ポンチョを脱いで軽やかになって歩いていると、また山の中から銃声が聞こえてくる。
やって来たのは射撃場。こうした射撃場が山の中に点々とある。単に山を削って広場にしてあるだけ。掲示板とゴミ箱が設置されているだけだった。私が通り過ぎた時は無人だった。
 
 
設置された標的。木製のパレットに紙を貼り付けてあるだけ。
他にも粗大ごみや空き瓶などが標的にされてボロボロになっていた。
 
 
蜂の巣にされた粗大ごみ。
 
 
付近には空薬莢がそのまま捨てられている。
 
 
掲示板も標的にされてボロボロになっている。ショットガンで撃たれて大きな風穴が空いている。
 
この射撃場を見た瞬間酷いと思った。手当たり次第にゴミを投げ込み標的にしている。酒瓶の破片もたくさん落ちている。酒を飲みながら射撃をしていたに違いない。酔っ払って銃を撃つ奴がいるとは。昨日の私の判断は大正解であったことが分かった。
 
全てではないが、一部のガンマニアには非常に危険な人物がいるに違いない。「一度でいいから人間を撃ってみたい。」私のような外国人、しかも身なりが汚いと、面白半分で撃たれる可能性がある。撃ち殺しても山の中に埋めておけば、まず発覚することはないだろう。
 
 
私が観察したところによると、アメリカでは山奥でキャンプをする際に、レクリエーションの一環で銃を撃つことがあるようだ。銃の所持が認められているため、こうして山の中に射撃場が整備されている。さすがに住宅街の中では撃てない。(住宅街の中でも銃声が聞こえてきたことはたびたびあった。)
 
キャンプの時に日頃の鬱憤を晴らすため、町で弾を山ほど買ってきて好きなだけ撃ちまくるようだった。もちろん射撃の訓練もあるだろう。銃声が森に響くなか、キャンパーたちは何事もないかのように寛いでいた。私が近くを通りかかると、犬にしつこく吠えられた。銃声には反応しないが人間には激しく反応する。
 
この射撃場から随分と離れたころで、像でも一発で倒せそうな腹の底に響く凄い銃声が聞こえてきた。いったいどんだけ凄いライフル銃を撃っているのか。自衛にために少なくともライフルは必要ない。アメリカ社会の闇を強く感じた瞬間だった。
 
 
林道脇は意外に休むところが少ない。ヤブをかき分けてCreekに下りて昼飯にする。
濡れたポンチョを河原に広げて乾かす。
 
 
Forest Service Road 70 奥の急坂。硬い地面の上に砂が浮いているため非常に滑りやすかった。滑りやすい路面では杖が非常に有効だった。
付近はATV(All Terrain Vehicle)と呼ばれる四輪バギーが走り回っているため、余計な気を遣うことになった。こら、余計な気を遣わせるんじゃない!
 
 
14時半ころ、2345mile地点のUrich Cabin付近からPCTに復帰した。トレイルに戻ってこれてホッとした。ようやくマイペースで歩くことができる。
 
 
振り返ると山火事の煙が森の中からモクモクと立ち上り、風下側が煙っていた。
 
 
山火事のようす。凄い勢いで燃えているのが分かる。
 
 
山火事跡の白骨化した森の中をゆく。8月下旬になり秋の気配が濃厚となってきた。
 
 
19時ころ、2353mile付近の地図にはないキャンプサイトでツエルトを張った。
昨日は道路近くのうるさい場所で泊まったため、あまり眠られず睡眠不足だった。
フカフカの地面でほぼ平らな極上のサイトで一夜を明かしたのだった。
 
 
6時30分起床、久しぶりに痛恨の朝寝坊をやらかす。慌てても疲れるだけなので、ゆっくり準備して出発した。
 
この日も体調は不良でペースが全く上がらなかった。山火事迂回で道路歩きをすると、必ずと言っていいほど体調不良となる。危険で疲れる道路歩きはできるだけ少ない方がいい。
 
 
トレイル沿いのキャンプサイトで昼食をとったあと、しばらく昼寝をした。1時間ほど寝ていると、かなり体調が復活した。
 
 
19時過ぎ、2381mile付近、荒廃した林道跡でツエルトを設営。ここは元作業道のようで森に還すために封鎖されたらしい。
 
地面は重機で踏み固められて硬かったため、石を用いてロープを固定した。
 
 
縫っては穴が空き、縫っては穴が空くを繰り返した靴下。それでも修理して履く。
一時靴下なしで歩こうかと考えもしたが、クッション性が低下して足が疲れるし、汚れるため止めにした。
アウトドアショップにゆくと、靴下でも$20はする。たかが消耗品の靴下にそんな大金は出せない。靴下は$1ショップで十分だ。
 
 
ツエルトからは別の山火事の煙が見えた。
この年、2017年は山火事が多発して異常な年だった。Washingtonに来てまで山火事迂回をするとは思わなかった。
 
 
この日は、ツエルトを撤収してシートを敷いたまま、サイトで朝食をとってから出発した。
 
早い時間にSnoqualmie Passに下りて補給を済ませたい。Cascade Locksから送った荷物が無事届いているかも気にかかる。YOGIのHandbookには、荷物の取扱にルーズだから気をつけろとの注意書きがあった。無ければ無いで、対処すればいい。ひとまずは行ってみよう。
 
 
車の音はすれど、なかなか道路が見えてこない。Snoqualmie Pass手前、4mileくらいになってようやく道路が見えた。
 
 
Snoqualmie Pass周辺のスキー場の中をゆく。Seattleからおよそ60mileの距離にあり、アクセスしやすいため、非常に人気があるスキーリゾートのようだ。週末とあって多くのハイカーが歩いていた。
 

Snoqualmie Pass(2390.6mile) 0.3mile徒歩

Seattle近郊のスキーリゾート。Interstate90の出入り口にある。ガソリンスタンド併設のコンビニしかないので、事前に食料を送っておくのが基本となる。

YOGIが絶賛するSmmit Innというホテルで食事と休憩が可能。

荷物受け取り可能。AT&T圏内、ハイカーボックスあり。(Smmit Inn内)

 

 
 
 
なにわともあれ、真っ先に向かうのは荷物を送ったコンビニ。
ここSnoqualmie Passには荷物を送れるMail Dropsが二箇所ある。
一つは料金無料のChevron、そして2つ目は料金が$15のSummit Inn。
 
Chevronはタダだが、荷物の扱いがいい加減らしい、Summit Innはキッチリしているが、料金が割高。どちらにしようか非常に迷ったのだが、思い切ってChevronに送ることに決めた。荷物が紛失したら、ヒッチハイクしてどこかに買いにいったらいい。
 
 
Chevron店内
ハイカーフードは充実しているとは言いがたかったが、あるものを買えばとりあえずハイキングは続けられるレベルだった。価格は良心的。店員は南方Mexico系が多く、非常にフレンドリーだった。楽天的であるがゆえに、結構いい加減なところがあるかもしれない。でも人は全く悪くない。
 
 
店の奥の冷蔵庫内がハイカーの荷物を入れているところ。使っていない冷蔵庫を倉庫代わりとして使っている。送った荷物はここに放り込まれる。ハイカー自ら探し出して持ってゆくシステム。
 
 
倉庫の中で自分の荷物を探す。3分ほどで自分の荷物2箱を発見する。
倉庫は雑然としていて適当に置いている感じ、中には2017年以前の古い荷物もあった。身分確認はなしで、確かにかなりルーズな印象を受けた。
しかし、無料で預かってくれたのだ。文句は言うまい。荷物の紛失はそう頻繁にあるわけではないだろう。無ければ清く諦める。
ただ、食料はダンボール1箱分でおよそ$40もするので正直かなり痛い。
買い物をして店員にお礼を言って店を出た。
 
 
ダンボール箱を2つ抱えてどうしようかと考えていると、すぐ近くに幌ジムニーが停まっていた。アメリカでも何回もジムニーを見かけた。なぜアメリカでジムニーに乗ろうとするのか。修理するのだって余計なお金がかかる。
 
 
車は自分の好きなものに乗る。難しいこと考えずに、それでいいじゃないか。ジムニー乗りの思考は至って単純。
滅多に雨が降らないため、幌は外されていた。
ご多分に漏れず内外装ともにボロボロ、「車なんてやつは動けばいいんだ。」そうオーナーの声が聞こえてくるようだった。
 
 
北米仕様のジムニー、「SAMURAI」というエンブレムが取り付けられている。
 
 
重たいダンボール箱を抱えてその辺を彷徨っていると、親切そうなハイカーが通りがかったので、どこか休憩できる場所はないかと聞いてみた。すると近くのSummit Innのロビーで休めるという。
 
ロビーに荷物を置いてホテルのレストランにやって来た。もう何でもいい。とりあえず一番高いのを注文する。ただし、ドリンクはなし。
 
ドリンクなど水で上等、そんな金が余っているなら、チップを弾んだ方が数倍いい。
ベーコンとマッシュポテトの盛り合わせ、サイドメニューのフライドチキンの2点、チップ込みで$25。
テーブにやって来ると、凄い勢いで食べ始め、あっと言う間に食べ終えてしまった。ああ、いつもの癖で馬鹿みたいに早く食べてしまった。こういう時、話相手がいればゆっくり食べられるのだが。
 
 
食後はモバイルバッテリー、スマホを充電しつつ、ロビーで休む。汚い格好で気が引けるが、充電が終わるまでの短い時間だ。スマホで先のトレイル情報をチェックする。
 
 
ホテルのカウンターに日本語のパンフレットを発見!日本語に飢えていた私は食い入るように見る。しかし、3秒で飽きる。
 
 
ホテルの裏で食料の整理を行う。軽いオートミールでも数が多いとズシリと重たい。この箱は贅沢バージョンで、CLIF BARのみ。パワーのでないクランキーバーは入れていない。ここから7日分の食料を抱えて歩かねばならないため、奮発したのだった。
 
 
7日分の食料を入れると、食料袋はいっぱいになった。これが私が持ち歩ける限界だった。
 
軽量ハイキングの欠点として、長期間軽い荷物で歩き続けていると、体が軽い荷物に慣れてしまい、急に重たい荷物を持つと体が対応できなくて歩けなくなる。時々は無駄に重たい荷物を持つ必要もあると感じた。
 
PCTでたいてい食料は持っても5日分、多くても6日分だった。7日分持つのはこれが最初で最後だった。
 
 
食料でパンパンに膨れ上がったバックパック。中身が詰まっているため、持つと非常に重たく感じる。この先、ショルダーストラップの付け根が持つかどうか気がかりだった。
 
 
手発前、コンビニでもう一度買い物をして飲み食いする。お釣りは荷物受け取りのチップ代わりに押し付けてきた。清々した。
 
ようし、野菜ジュースのV8を飲んで、KLONDIKEのアイスクリームを食べて景気づけだ。
 
 
こうして無事に補給できたおっさんは次のStevens Passに向かって歩き始めたのだった!
次回へ続く。
私は試されているのか?
今回ばかりは精神的にかなり堪えました。SeattleからTrail Angelが食料、飲み物を持って駆けつけてくれたのには非常に嬉しかったです。多くのハイカーはスキップしましたが、私は独り道路歩きをしてPCTを繋げました。
Crazy山中
ついうっかりしてプライベートスペースに入り込んでしまい、ホームレスと間違われて追い払われてしまったり、犬にしつこく吠えられたり、山中の射撃場から聞こえる銃声が鳴り止まなかったり、散々な目にあった山火事迂回でした。もう勘弁して欲しいと何度思ったことでしょう。
食料を受け取って一安心
山火事迂回のことをまだ引きずっていて愚痴をこぼしています。今となっては笑えますが、当時は道路歩きの疲れで心がかなり荒んでいました。Snoqualmie Passで荷物が受け取れるかどうかが最大の気がかりでした。自分の箱を見つけた時はホッとしました。

 

 
つづく

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