家族にテント暮らしのことを打ち明ける

おはようございます。からあげです。

 

今日も朝早起きしていつものコースを走ってきた。
実家から田んぼを抜けて川の堤防沿いを走るコース。
去年車上生活をしていた河川敷や堤防の横を通る。
一年前は車で寝起きしてて惨めな気分になったりもしたが、今となってはあの頃が非常に懐かしい。
人影が気になり、夜明け前に起きて近所の公園に移動し走ってた。
あの不安と期待が入り混じった感情は何ものにも代え難い。
車上生活をしていると専ら車で移動するようになるので、どうしても運動不足になりがち。
田舎の人が家の玄関を出ると直ぐに車に乗り込み、職場へ向かうように。
田舎は職場の近くに広い駐車場があるので、車を降りると直ぐにマイデスクにたどり着いてしまう。
逆に都会の人の方が良く歩くことになる。
まあとにかく、やっと日常を取り戻しトレーニングを再開したところ。

 

 

2014-1-13

ところで、去年から仕事を辞めて山小屋を建てる準備をしているんだけど、去年のうちに家族には無職だと打ち明けた。
親父には、11月中だったと思うんだけど、もう先が短いなと思うようになってから打ち明けた。
実家の物置には、建築資材や電動工具などがいろいろあって、貸して欲しかったから。
楽しそうな話を聞いたら、元気になるかもしれないと考えたこともある。

土地を探して放浪していたことや山近くに山林を購入したこと、アカマツの伐採を待っていることなどを正直に話した。
すると激怒することはなく、なんと小屋建設のアドバイスをしてくれた。
その後何度か病室に様子を見に行く度に、道具を貸して欲しいやら要らない資材が欲しいと言っていたところ、機嫌が悪くなったので、いちいち許可を貰うことはしなくなった。

おかんと兄貴には12月に入ってからご飯を食べている時に何気なく話した。
ふたりともふーんという感じで、逆に拍子抜けした。

今までご飯をモリモリ食べていたことや洗濯をしまくったこと、汚れた格好をしていたことの理由を話すことが出来てスッキリするとともに、家族に嘘をつかなくて良くなったので、気楽に話が出来るようになった。
それまでは仕事をしていることになっていたので、適当に話をでっち上げないといけなかったし、いつもの休みのように3,4日の滞在で退散しなければならなくて、面倒な生活を送っていた。
そんな面倒から開放された。
はやり何ごとにも気を遣わない生活のほうが自然に自分を出せる。

 

そして今回の葬式では、何十年振りに会った親戚にも山で暮らしていることを正直に話した。
久しぶりに会うので、当然、今何してるの?という話になるのは自然な流れで、嘘をついてまで世間体を保とうとは思わなかった。
しかし、本当に驚いたんだが、話を打ち明けると誰もが興味津々で話を聞いてくれて肯定的な反応を示してくれたことにはびっくりした。
何人かには説教を受けると覚悟していたんだけど、そういうことは皆無で、逆に励ましてくれた。

 

自分を取り巻く世界が徐々に変わりつつあるのを実感した。
まあ広い世間には、私のような風来坊のような男を毛嫌いする人間がいるだろうと思うけど(もちろん大多数がそうだと思う。)、身近な人間に肯定されるほど嬉しいことはない。
嬉しくなってあれやこれやと話したが、まだまだ全然話し足りない。
親父の葬式に来てもらって嬉しかったから、私も今後、出来るだけ親戚の葬式には出席しようと思うから、その時まで楽しみにしていればいい。
ジムニーやカブで何処へでも駆け付ける。

 

人が死ぬのは残念なことだとは思うけど、ある程度を歳をくって死ぬのは全然悲しいことではない。
葬式は、生き物は死ぬのが当たり前という自然の摂理をしっかりと思い出させてくれる、そんな行事だ。

火葬後に続いて行われた初七日法要の終わり頃に坊さんがこんなことを話した。
人はどうやって死ぬか、ポックリと安らかに死にたい、このように死ぬ間際の事ばかり言うが、そうではなく、どう生きるかということが大事だということ。
故人に報いるために精一杯生きて欲しい。
と、このようなことを仰っていた。

 

さすが坊さんだ!言うことが違うなと感心した。
伊達に高いお布施を貰っていない。
自分の進んでいる道の方向は間違っていないと確信するから、このまま自分の道を歩もうと思う。
この道の先には何が待っているのか。
ワクワクして堪らない。

コメント

  1. 勘太郎 より:

     そんな子供のターザンごっこみたいな夢を追いかけたって、歳とったらどうするんだ!と説教してしまいそうです。ほう~っと関心を持たれる時代になったのですかね。
     お坊さんのお話もステキです。みんなで死について話す時に死に際のことばかりです。死に際は長くても10年、生きるのは平均78年?。死ぬことを考えるより生きることをしてゆくのが先です。お話の通りです。死ぬのを怖がってばかりいて、死ぬのでは生きても面白くありません。どちらも良いお話です。
                               敬具

  2. sing-o より:

    以前からこちらのブログを読ませて頂いている者です。まず、この度は誠にご愁傷様でございます。心よりお悔やみ申し上げます。
    私も春に退職を予定しており、今現在上司と協議中です。そして、からあげさんと同じく、車中とテント生活、又WWOOFをしながら土地探しを本格的にしようと思っています。
    今回の内容については大変感銘を受けました。どこがではなく、全てにです。普段ブログにコメントを残す様な事はしませんが、思わず筆をとりました。
    自分の為に自分で考えて行動して生きるというのはとても怖いですが、とても楽しいですよね。最近とてもそう思います。
    そんな活き活きとした、からあげさんの話に、親族の方々も羨ましくも期待をしてくれて、今回の反応があったのでは無いでしょうか?
    自分は両親にはまだ話せてません。しかし、どんな反応があっても自分を偽る事なく生きて行こうと今回のブログで思いました。
    寂しく感じる時もあるかもしれませんが、同じ山を登る者同士、入り口は違えどどこかで必ず出会えると思います。仲間がいることを忘れず、お互い一歩づつ登っていきましょう。
    長文失礼しました。
    これからもからあげさんのご活躍を楽しみにしております。

  3. 成為 より:

    私はなかなか家族にも自分のやりたいことを言えずにいてうじうじ悩んでブログの記事にしてますが、こっちが思うほどそんなに気にされないのかもしれませんね。
    いずれにせよ、1つ試練が乗り越えられたようで良かったです。

  4. からあげ より:

    >勘太郎さん
    長年の不況で人々の考えは変わったようですね。
    バブル時期なら大変な事態に陥ったかもしれません。
    坊さんの話のように精一杯今を生きたいと思います。
    >sing-oさん
    初めまして。
    コメントはいつでも歓迎です。
    会社を円満退職して理想の土地にめぐり逢えたらいいですね。
    真剣に土地探しを行えばきっと見つかるはずです。
    お互い信じた道を進みましょう。
    どこかでお会いできる日を楽しみにしております。
    >成為さん
    どうもありがとうございます。
    自分の人生の責任は自分でとる気持ちでいれば、人は他人のやることを気にしないのかもしれませんね。
    害を被らなければ、話を聞くのは楽しいはずですし。

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