赦しについて

こんにちは。からあげです。

 

今日は赦しについて。

昨日、親父の49日の法要が終わってやっと落ち着いたところ。
親父が1月5日に死んで一月半程が経過し、やっと親父の死を改めて実感しているところ。
これまで実家を覗く度、親父になにかと言いがかりを付けられて嫌な思いをしてきたが、今はそういうことが全くなくなってしまった。

親父には、子供の頃から何かと勉強しろとか、そんな事するなとか、命令されてばかりいた。
人の自主性を尊重すること無く、自分の都合に合わせて人を操ろうとする。
そんなんだったから、親父に対してずっと、憎しみだとか、怒りのマイナスの感情を抱いていた。
子供の頃を思い出しては、自分の感情を害してた。
だから人生を楽しむことが出来なかった。

 

去年の4月に会社を辞めて土地探しの旅に出てからでも、子供の頃の辛い思い出を振り返っては怒りの感情に支配されていた。
どうにもならない過去の出来事について悶々と思い憎しみの感情を滾らせていた。
本当に無駄なことだった。
入院中の親父の見舞いに行った時も、親父に対して怒りをぶつけるような態度をとっていた。
いがみ合う親子。
どっちもどっちだなと思う。

 

 

親父と最後に会話を交わしたのは、去年のクリスマス前。
病室にいても、正気の時は親父は激痛に耐えているので、まともな会話なんて出来ない。
ほとんどの時間は、痛み止めと称する麻薬を大量に投与されていて、意識は朦朧とし正体不明の様な状態だった。
激痛か夢の世界の2つに1つ。
だからまともな会話なんて出来なかった。
一言か二言の単語で話し掛けると、頭を動かすか手を挙げるかの反応があるだけだった。
親父は残された時間に出来ること、ただ痛みにひたすらに耐えること。
それだけしか出来なかった。
そんな状況だったから居ても仕方ないし、私には自分の生活があるから山に引き上げることにした。

 

そして年末年始、山で過ごしながら親父のことを考えていた。
するとやはり憎しみの気持ちが沸き上がってくる。
どうしようもない状態だった。
年明け、2日ほど作業を休んだ後に作業を再開していた。
表面が凍結している地面を掘り起こしながら考えていた。
今年中に山小屋を建てて親父を招待出来るかと。
しかし結局、それは実現出来なかった。

 

2014-2-23

 

5日の朝、普段鳴らない携帯が鳴ったので、親父の死を確信した。
電話に出ると兄貴からで、親父が死んだとのこと。
訃報を聞いても、悲しみの感情は湧いてこなかった。
ただ親父の死を受け入れた。
随分と苦しんでいたようなので、ようやく楽になれて良かったなと思った。

 

その日のうちにテントの手仕舞いをして実家に戻った。
さすがに下道ではなく、高速道路を使って真っ直ぐ帰った。
家に戻ると親父は病院から帰って来ていて、真っ白な布団の上に寝かされていた。
白血病で全身が癌細胞に侵されて激痛の果てに死んだはずなのに、とても安らかな顔をしていた。
それを見た私は、死に目に会えなかった負い目を感じることは無かった。

 

その後、通夜、葬式を終えて、親父の遺体は火葬された。
火葬場で親父が焼却炉に入れられる時、これでもうお別れなんだなと感じた。
2時間ほどして肉体が燃えて骨だけになって出て来たのを見た時、ふっと心が軽くなったような気がした。

 

あの頑固者で嫌な奴だった親父が骨だけになった。
所々、肉片が残っていたが、骨は原型を留めていた。
参列者が一つ一つ骨を拾う。
私も混じって骨を拾った。
その時、悲しいというのではなく、逆に清々しく思ったのだった。

 

その後、実家に2週間ほど滞在していたんだけど、私とおかん、兄貴との関係が劇的に改善した。
普通に会話するようになったし、自然と家の手伝いをしようという気になった。
あれ程までに親父に抱いていたマイナスの感情が何処かに消え去ってしまった。

 

あの野郎あの世に逃げやがった!

 

とは思ったものの、怒りを感じない。

親父の肉体が燃えて煙となって大空に立ち上って消えてゆく時に、私の憎しみや怒りの感情も消えてしまったようだ。
親父がそういうマイナスの感情を全てあの世に持って行ってくれたのかもしれない。

 

親父が死んでからの私は、気楽に生きられるようになった。
社会や人の目を気にせず、自然体で生きられるようになった。
以前は、常に緊張状態が続いていたので、生きているだけで消耗していた。
生きるのが辛くて苦しくて悲しくてどうしようも無かった。

それなのに、今現在、肩の力を抜いて楽に生きられるようになった。
こんなにも生きることが楽だったんだ、って思って嬉しくなってくる。
親父との確執、憎しみ、怒り。
こうした感情が無くなって、やっと自分の人生を取り戻すことが出来た。

親父を赦すことによって、ようやく自分の大事な人生を歩むことが出来るようになった。

 

 

以前からずっと心の中で温めていたことがある。
そして昨日心に決めた。

まず探検家としての手始めとしてやることに決めたこと。

四国88箇所歩き遍路を行うこと。

自分の足で通しで行う。
自分の今後を祈願する歩き遍路の旅とする。
以前からやってみたいと思っていたことだ。
歩くことによって自分の中から何かを発見するに違いない。

コメント

  1. リリエンタール より:

    読んでて、私の父親とかぶりました。
    私の父親も子供のころから私に厳しかった。というより理不尽でした。理屈もなにもない。どうでもいいようなことで私に怒る。兄弟の中で長男の私にだけ思いっきり理不尽でした。要するに支配したかったのでしょう。いつしか相手にするのをやめてました。中学高校の時は何も言われても神妙なふりをして「うん、わかった」とだけ答えて、言われたことは右から左に流す一方、内心ではどうにかして家を出ていくことばかり考えてました。
    大学進学するにあたって一人暮らしをしましたが本当に刑務所から出る気分とはこんなものかと思うほど嬉しかったです。
    その父親も昨年死去しました。社会人になってからは、多少私に対する態度も柔らかくなりましたが、私は家のことは放置状態だったので父親の死を聞いても嬉しいわけではないですが悲しさもありませんでした。「そうか死んだのか」という感じです。自分に優しかった祖父が死んだ時は、結構悲しかったのに。
    今は父親がいなくなってもはや歴史の彼方の出来事にしか感じられなくなりましたが、子供の時の記憶や体験は強烈に残ります。子供はいないけど子供を育てる時は慎重にやらないとだめだなと実感します。

  2. 白いステップワゴン より:

    お疲れ様です!
    m(_ _)m
    なんだかblog見て
    びっくりしました!
    親父が他界してない以外は殆んど同じ境遇です!
    カラアゲさんの気持が自分なりに良く判ります!
    カラアゲさんの山小屋が出来たら
    拝見したいです!
    カラアゲさんの敷地に車中泊かテント張らして下さい!
    自分は酒呑むのですが…
    カラアゲさんが呑まない?自粛期間みたいなので
    せめて 缶ビール一本だけでも良いので
    祝杯しましょう。
    此れからも体調万全に 頑張って下さい!

  3. モスクワ駐在 より:

    私も、高校を卒業して家を出るまで、子供を支配したい下品な父親は憎くてしかたなかったし、母親からはセクハラまがいのことをされたので、気持ち悪くて仕方がなかった。兄も、弟を出来の悪いいじめられっ子として、弟を犠牲にして親から評価されよう、という感じだったので、家族のことがみな本当に大嫌いでした。
    一年浪人して、大学に行って、社会人になって、一緒に住まなくなって、自分で生きていくことで、努力して家族への少しずつ憎しみを消すことができました。
    父親、母親、兄ともに元気ですが、会えば普通に話します。今は海外駐在なので、年に一度もその機会はありませんが。それでも、もう子供時代のような口の利き方は許さないし、戦えるという自信があるから、普通に会えるのだと思います。
    私には、結婚して小さな娘が二人いますが、私が子供の時に感じた思いを絶対にさせないよう、世の中には、自分のことを無条件でただ愛してくれている人がいるということを実感させるよう、育てていくつもりです。そのためにも仕事は辞めれないので、自由に生きることのできるから揚げさんが少し羨ましいです。でも、今では、子供を育てることは、人生の中でやらなければならないことと感じています。
    ぜひ、これからも冒険を楽しんでください!ブログ楽しみにしています。

  4. からあげ より:

    >リリエンタールさん
    合わない家族ほど厄介な人間はいませんね。
    本当に居心地の悪い家なら一刻も早く出るに限ります。
    ただ嫌な子供時代を過ごして良かったことが1つ。
    それは同じような境遇の人のことを理解出来る事です。
    幸せな家庭に育った人にはまるで分からないですからね。
    こんな経験をする人はいなくなって欲しいと思います。
    >白いステップワゴンさん
    ごめんなさい。
    今のところ、人に見せるとか考えていません。
    からあげ探検隊の隊員希望であれば話は別ですが。
    いろいろとやることがあって対応出来ません。
    今後、ブログやHPでしっかりと発信していきますので、それを見て楽しんで頂けると思います。
    >モスクワ在住さん
    自力で憎しみを消されたのは凄いことですね。
    私は何度やってもダメでした。
    そういう辛い経験されて大変だったでしょうが、小さな二人の娘さんと奥さんに囲まれた愛情豊かな家庭を
    築いていらっしゃるということが文面から伝わってきます。
    これから山小屋を建てて世界各地に旅立ちますからね。
    ご期待ください。

  5. 流れ星 より:

    いつも楽しく拝見させていただいております。
    私も今父が入院中で、いろいろな心情の変化があります。
    父がまだ元気だった頃は同じく頑固者でそりゃあもう大変でした。
    その偏屈オヤジが段々弱り、介護され、赤ちゃんのように
    戻っていく姿を見ていくにつれ、なんだか
    しょうがないな~という心情になりつつあります。
    憎しみや恨みが浄化されていったような?
    だからからあげさんの気持ちも、ほんの少しわかる気がします。
    私も早く楽になりたい。
    でも、人間ってなかなかすーっと死ねないんだなーなんて
    思う今日この頃。
    残りの時間を親孝行の時間が与えられたと思うことにして
    日々頑張ろうかなって思います。
    探検家としてのブログ、ワクワク楽しみにしています!

  6. 匿名 より:

    AUTHOU: からあげ
    >流れ星さん
    お互いいろいろ苦労したようですね。
    人間、死に向かいながら、どんどんと子供に
    戻っていくようですね。
    可愛いわがままを言うようになって。
    まだおかんが健在ですが、大きな気持で労って
    あげないと可哀想なだなと思えるようになりまし
    た。
    自分自身の為に親孝行。いいかもしれませんね。

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