こんばんは。からあげです。
電話を終えたあと、急に疲れが襲ってきて頭が痛くなってきた。
それで昼寝することにした。
ここしばらくパソコンを弄り過ぎていたため体が鈍っていたのか。
寝袋に入って会話の内容を思い出す。
本当にあの返事で良かったのだろうかと何度も自分に問い直す。
私の気持ちに嘘偽りはない。
あれで良かったのだと。
電話の主は、最後に辞めた会社の社長だった。
確か私が辞める直前、社長はガラケーからスマホに替えたのを思い出す。
誤操作で電話をかけてしまったことも考えられないことはない。
始めの軽い挨拶が終わったあと、何かの間違いではないかと聞いてみる。
いいや、そうではない。
あれから3年経ったが、船に戻ってきてはくれないか。
なんでも乗組員の一人が会社を辞めるというので、船に戻ってきて欲しい。とのこと。
はあ、やっぱりそうだったか、と思う。
あの会社を辞めて早くも3年が経とうとしている。
正直なところ、海が恋しくなることもある。
多くの時間を山の中で過ごしていると、無性に海が見たくなる時がある。
しかし、また船員として船に乗りたいわけではない。
自由気ままに潮風を浴びながら海で過ごしたいだけなのだ。
趣味程度で漁をやってみたいという気持ちならある。
もちろん直ぐに断った。
3年も経とうというのに、まだ私のことを覚えていてくれたことは、嬉しく思った。
電話の声からは、昔と変わりない温かい人柄が伝わってきた。
しかし、今の私は昔の私ではないのだ。
本当の自由の素晴らしさを知ってしまった人間なのだ。
もう後には戻れない。
仮に出戻りで船に乗ったとしても、長くは続くまい。心からそう思う。
元請け会社からの理不尽な扱い、飼いならされて自立心のかけらもない同僚、夜の12時起きして出港することもある仕事、などなど数え上げればキリがないが、我慢出来そうにない。
話を聞いていると短期ではなく、これから定年までずっと乗って欲しいという口ぶりだ。
せいぜい2ヶ月間までの助っ人としてなら考えられないことはないが、長期で乗るなんて絶対無理だ。
辞める人間はまだ働き盛りの中年。定年までたっぷりとある。
それなのに敢えて辞めるというのは、人間関係かお金のどちらかだろう。
乗組員の少ない船は、一人入れ替わるだけでパワーバランスがガラリと変わってしまうことがある。
給料は陸上と比べたら高いが、船員としてはそんなに高くはない。むしろ船員としては安い方。
他所からもっとお金を出すと声を掛けられたら、鞍替えしてしまうことも考えられる。
私の海技免状は2年前に失効しているので、船に乗りたくても乗れない状況だ。
もう船には乗るまいと心に誓い、更新手続きをせずに失効させたのだ。
ただ海技免状は車の運転免許証と違い、失効講習を受ければ復活させることが出来る。
失効していることを社長に言うと、声が一気にトーンダウンする。
失効講習を受ければ、復活させられると言うと急に元気な声となる。
本当に分かりやすい人だなあと思った。
こういうところが好きだったんだけど。(人間として)
変に気を持たせるのは良くないので、きっぱりと船に乗る意志がないことを伝えた。
昔の私ではない。もう雇われ仕事をすることはないだろう。
今になって乗っても、同僚と揉め事を起こすだけだ。
というようなことをハッキリ言った。
異性に言い寄られると、その気もないのに勿体ぶってハッキリした態度を示さない奴がいるが、あれは駄目だ。もの凄く不誠実。
相手の時間を無駄にしてしまうことになる。
嫌われ者になる覚悟で上から目線の態度でバッサリと切り捨てる。
私はそこまではしなかったが、自分の意志をハッキリ伝えた。
そうしたら元気でなという感じで話は終わった。
私はようやく自分の食い扶持を自力で稼ぐことが出来るようになった。
3年でなんとか自立した人間となることが出来た。
今さら元の雇われの身に戻りたくはない。
いつでも他人の顔色を伺うような生き方をしたくはない。
税金のしつこい追跡を振り切り、ようやく自由になった。
これから私の本当の人生が始まるのだ。
自分の人生は自分で切り拓いてこそ、その醍醐味を味わえる。
それを今更後戻り出来るか。
私に死ねと言うのか。
身に余るお金を稼いでも税金でガッポリ取られるだけだし、仕事に縛られた生活ではお金の使い道がない。
生活と活動が出来るお金があればいい。
船に乗るようになれば、このブログもお終いだ。
平凡なサラリーマンブログなんて読む人間なんてよほどの変わり者だろう。
毎日更新していたブログも途切れ途切れになって、最後に完全に途切れてしまう。
3年ブログをしていて分かったのだが、自分はブログ運営に向いているということ。
楽しみながら毎日コツコツと記事を書くことが出来るということに。
ブログは私の天職になりつつある。
せっかく面白くなってきたところなのに、ここで止めるわけにはいかない。
このブログが途切れる時は、私の人生が終わるとき。
これまで守り抜いてきた希望の炎を絶やすわけにはいかない。
私は今後船には乗ることはないだろう。
手っ取り早く活動資金を稼ぐために、2~3ヶ月短期で乗れる船があるなら考えるかもしれない。
多分、日本全国探せばどこかにあるだろう。
でも、今はそんな気分じゃない。
船に乗るのは最終手段としてとっておきたい。
その前に自分のやるべきことがたくさんある。
サイトの充実と出版だ。
これが出来たらようやく世界への扉が開かれる。
感傷に浸っていないで前進あるのみだ。
過去は振り返るなおっさんよ。
未来にこそ楽しい出来事が待っている!!
コメント
自分の人生を自分で切り拓いていく、からあげ隊長を応援します。
これからもブログを楽しみにしています。
メールは読んでいただけましたか?
今日が期限です。
どうもありがとうございます。
ありがたく頂きました。
私の父は船乗りでした、遠洋の以西底引き網漁って奴ですね、語源はわかりませんが
「テグリの船」なんて言います。(網を手繰る→手繰り→て繰り???)
羽振りのいい時期もあったようですが、資源の枯渇、隣国との漁業協定、高齢化、
コスト高、燃料の資金繰り・・・あげればキリのない問題だらけで以西底引きという
産業自体がなくなりました、
時代の流れですね。近海の船に乗ったり港の仕事したり、国内航路のケミカル船だの
いろいろやっていた父も今となっては故人です。
訓示めいたことは言わない親父でしたが「網の目を細くして雑魚まで獲ってるありさまだ、
船には乗るな先はない。」なんてことを言っていたものです。ならば育てる漁業だ!などと
若気の至りでさかな君教授で有名な海洋大学(昔は東京水産大)など目指しましたが
受験には失敗し、シコシコとIT土方の日々を過ごしております。
私の話はさておき、親父の法事の席に集まるのは元漁師の面々で「大変だったけどみん
なよく辛抱したよなあ」なんてしみじみ話しているのを聞いていると船乗り生活も悪い
もんじゃ無かったのかなと思います。残り少なくなった老漁師はみな楽しそうしてるんですよ。
自分で切り開く人生ってなんだろうと思います。私はさしてロマンチストではないので、
与えられた境遇で頑張るのも、結果自分で切り開いた人生と思いたい。なんか漫然と
自分の話してすみません。
「船に乗るのは最終手段としてとっておきたい」というのは正解だと思いますよ、
小規模なケミカル船は割と短期の就航で船舶のドック入りで船から離れる期間も
あったようです。最近はどこも労働条件きつそうですが。
過去を振り返る気持ちになった時に、社長さんとゆっくり話ししてみてほしいななんて
勝手なことを思いました。
船は世間のイメージと実際に乗ってみるとでは全然違います。
キツイ、キタナイ、キケンの3K職場です。
いくら体で覚えたといっても陸に上がって年数が経つと適応出来ないかもしれません。
船にも近代化の波が押し寄せてきていてコンピューター化が進んでいます。
社長のおごりでご馳走を食べたいなあと思いました。
自分の人生は自分で切り拓いてこそ、その醍醐味を味わえる。いい言葉だに
これから振り返っても恥じることなき足跡を山に残すだに 応援してるだに
そうですね。
山では痕跡を残さずに実績を残します。
船乗りの居場所てベッドのスペース分しかないんですか?
船にもよりますが、たいていは個室です。
狭い部屋ですが。
免許が必要な仕事でもあるので、簡単に次が見つからないのでしょうね
これも人手不足の一つかも?
キツイ職場なので誰も寄り付かないだけだと思います。
それなりの給料を払えば見つかります。
夜の12時起きは本当に堪えます。
なんか勿体無い気がしますね。
私も辞めた会社から戻ってきてほしいと言われました
ITは不人気なので人がボロボロ辞めていくのです。長期はしんどいので短期の個人請負にして働いています。同僚1が脳梗塞で退場してしまったんです
船員も不人気職種だったはず
今のヤングにはきついでしょうね
辞める時はスパッと辞めた方がお互いのためですね。
キツイ業界ならどこも求人募集してるから、仕事が見つからない人はやってみたらいいと思います。
ひょっとしたら向いているかもしれませんし。
世間のイメージに流される必要はないと思います。
追伸
からあげ隊長様の働きぶりが良かったからまた電話がかかってきたのだと思いますわ。
社長受けが良くても同僚から嫌われているから余計に戻りたくないです。