PCT2017スルーハイクの記録~消沈の北CaliforniaからSierra後半編 その1~

こんにちは。からあげです。

リアルタイム更新を止めて良かったこと。それは時間に追われずマイペースで更新できることだ。その他は時間が空くことによって冷静に出来事を見つめ直し記事を書くことができるようになったこと。

これまでライブ感を意識して記事を作成し、当ブログの売りとしてきた。そのおかげで、体験した当時しか書けない、生々しい感情が籠もった面白い記事を書くことができた。その反面、不平不満や愚痴が多くなってしまった。帰国後、記事を改めて読み返すと、余計なことを書きすぎたなあと反省することが多かった。

時間が経って冷静になれば、書いて良いもの、悪いものの区別がよりハッキリするようになる。さらに、どうでもいい不要な物を除けば、より面白い記事が出来上がるのではないだろうか。私はそう考えた。

自然環境と他のハイカーとのやり取りでストレスを抱え、疲労が溜まった状態で寝る間を削ってブログ更新を行えば、ロクなものが書けないことは分かりきっている。ブログ更新のために余力を残しておくことは、ハイキングが主であるためやりたくなかった。日のあるうちは精一杯歩いて日没ともにねぐらの準備をして、1日のハイキングを振り返り満足した状態で眠りに就く。

リアルタイム更新が破綻した東北の旅からおよそ1年半。ようやく自分の求めていたブログ運営をできるようになったといえる。

それでは、これからトレイル復帰後のハイキングのようすを書いてゆこう。

こんにちは。からあげです。 リアルタイム更新を止めてからおよそ一月が経過した。今ようやくのんびりとした自分の時間を取り戻している。以前...

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PCT60日目 6月24日(土)
1706mile付近から1683mile付近まで

眠って起きるとすでに朝になっていた。Gshockを見ると5時30だった。夜行バスの疲れと移動の気疲れのため、夜中に一度も目を覚ますことはなかった。体の節々が痛く酷い目覚めだった。

どんなに疲れていても朝になると自然と目が覚める。トレイル上で野生動物として生きているからなのか。

重たい体に喝を入れてツエルトを撤収すると、パワーバーをかじって歩き始める。時間はちょうど6時。目覚めてから出発まで、無駄と無理のない時間がだいたい30分だった。

歩き始めて直ぐに牧場に差し掛かる。遠目で黒い牛が見えたので、驚かさないように静かに近づいてゆく。すると、無心に草を食んでいた牛たちが一斉に私の方を見た。
遠目では小さく見えた牛だったが、近くで見るとかなり大きく感じた。立ち止まってしばらくようすを見ていたが、牛が退く気配はまったくない。

そこで恐る恐る近づいてゆくと、不審者に危害を加えられると思ったのか一斉に逃げて行った。

林間をゆく。

この時はまだ雪がほとんどなかったため気楽なものだった。残雪はSierraをスキップすれば、ほとんどないだろうと思っていた。

水場を過ぎて林道ジャンクション付近の広場で朝食にした。歩き始めてからどうも調子が乗らない。
一晩寝ただけでは疲れは取れなかった。どうやら体の不調は寝不足だけではないようだ。そんなことをぼーっと考えながら休憩していた。

私の気分とは裏腹に天気は今日も良好だった。雨が降る気配は微塵も感じない。

地面には雪解け水で削られたと思われる深い溝が刻まれていた。

Mammoth Lakesから約800mileスキップしてOregonまでやって来ると、あちこちで花を見かけるようになった。雪解けを終えて春真っ盛りとなっていた。

一気に季節が進んだことに戸惑いながら歩いて行った。

北側の斜面に残雪が現れるようになってきた。それでもSierraのことを思うと全然大したことはなかった。

以前、California南部で見かけた花があちこちで咲いていた。

今日もMt.Shastaはよく見えていた。スキップ後、Mt.Shastaを見て物思いに耽ることが多くなった。

開放的な場所をゆく。本来はテンションが上がってもおかしくない場所なのだが、全く冷めた感じで歩いてゆく。スキップして緊張感がプツリと切れたのをハッキリと感じた。

勝手にほうれん草ひまわりと命名した花。

コイツの葉っぱは産毛が生えていて肌触がよく大きいため、トイレットペーパー代わりにお尻を拭くのに最適だった。よくお世話になった花だった。

林道の終点にあった水場でお昼ご飯にする。

次第に残雪の量が増えてきたため、途中で再び杖2本を自作した。

樹林帯で白骨化した枝がたくさん落ちていたので、適度な太さで真っ直ぐな物を選んで作っておいた。この杖を使ったのは、先のSeiad Valleyのお店に置き忘れるまでの短い間だった。

樹林帯の急斜面を横切っているところ。雪が硬くてキックステップは効かない。自作杖が頼りだった。こうして雪の斜面に阻まれて前進スピードが一気に落ちた。

トレイルは尾根から北の斜面を行ったり来たりしながら続いていた。

遠くに見えるMt.Shasta。落ち込みがちな気分だったが、この山を見ると随分と気が楽になった。

15時40分ころ California・Oregon州堺着

1690mile付近の州堺にやって来ると、ハイカー2,3人が休んでいた。
「あんたもPCTスルーハイカーかい?」と尋ねられたので、手短にこれまでの経緯を話した。
私とは対象的に随分とテンションが上がっているハイカーたちだった。

スキップしたようなことは言わなかったので、おそらくSierraをスルーしてきたのだろうが、Sierraの区間をどのように補給したのかが非常に気になった。


YOGI’S PCTHandbook 2016-2017より

赤丸が通常考えられる補給ポイント、バツ印が閉鎖中のリゾート
Yosemite ValleyとLee Viningを結ぶHwy120は冬期閉鎖中。

彼らはVermilion Valley Resort、Reds Meadow、Tuolumne Meadowsが閉鎖されている時期にIndependence(788.9mile)からSonora Pass(1016.9mile)までの228mileを歩いてきたことになる。

この間の補給をMammoth Lakesの1箇所だけだとして計算してみると、Independence(788.9mile)からMammoth Lakes(906.6mile)までは117.7mileで、加えてKearsarge Pass Trailの7.5mileとReds MeadowからMammoth Lakesまでの距離を入れると120mile以上となる。

続いてMammoth Lakes(906.6mile)からSonora Pass(1016.9mile)までは110mile以上。雪深いSierraの区間を1日20mileのペースで歩くのは正直かなりキツイ。体力・技術・土地勘があるハイカーでない限り難しいだろう。

CrushはVermilion Valley Resort(878.7mile)からSonora Pass(1016.9mile)までの約140mileを8日分の食料を持って歩いている。(1日17.5mileペース)

途中、道間違い、迂回、渡渉待ちなどのタイムロスを考慮すると、十分な食料を持っていないと途中で尽きて行動不能になる恐れがある。

なんと彼らは綱渡り的なより厳しいハイクを続けてきたハイカーたちだったのだ!

私は設置されていたRegisterに「Tokyo Joe」と書き記すと、正真正銘のスルーハイカーたちから逃げるように立ち去った。この時、非常に惨めな気分だった。自分のベストを尽くしたとはいえ、まだ他にやりようがあったのではないのか。と考えずにはいられなかった。

渡渉失敗後からスキップ中は考えることややることがいっぱいで、考えごとをする暇もなかったが、トレイルに復帰して日常に戻るとスキップはベストな選択だったのか?と考えるようになった。復帰直後から襲われている全身の倦怠感は寝不足以外にもあるように思えた。これまでスルーハイク目指して歯を食いしばって歩いてきたが、一筆書きのスルーハイクは達成できなくなってしまった。

スキップしようが全区間自分の足で歩けば、一応スルーハイクしたことになるが、当時の私は純粋なスルーハイクに拘っていた。このこだわりが消えるまで、私にはかなりの時間が必要だった。

落ち込む私に追い打ちをかけるかのように、水場で浄水していた時にショッキングな出来事が起こった。
なんと浄水器のパッキンが外れてしまったのだ!

先日、South Lake Tahoeで購入したばかりのSawyer Squeezeだったが、早くも不具合が発生した。

このパッキンは浄水器とボトルを接続した時に水漏れを防ぐためのもので、これがないとボトルを握って圧を掛けた時、接続部分から水が漏れて浄水能力が著しく低下してしまうのだ。

パッキンはネジ山の奥にハマっているのだが、接着剤がベロンと剥がれて外れてしまったようだ。
もう少し大きめに作って強引にはめ込むくらいがちょうど良さそうだった。これがアメリカ製の品質なのかとガッカリした。(Amazon.comで手に入れたものは、パッキンが大きめでキッチリとハマっていた。ひょっとしたら初期の不良バージョンなのかもしれない。)

試しにパッキン無しでボトルを接続して浄水してみたが、接続部から水がダダ漏れで全く使えなかった。
今後は浄水する度にパッキンが外れないか気をつける必要があり、余計な気を遣うことになってしまった。

20時前、開けたところでキャンプすることにした。
スキップして落ち込んでいるところに、浄水器の不具合が加わり余計に落ち込んだ。集中力が全く持続せず、眠気を我慢しながら歩いていた1日は、こうしてようやく終わった。

データ
歩行距離 23mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  マルチャン×1、ツナ×1
行動食 パワーバー×1
昼食  マルチャン×1、ツナ×1、パワーバー×1
行動食 パワーバー×1
夕食  マルチャン×1、ツナ×1

PCTに復帰して歩いていますが、気分が沈んでしまいます。無理に渡渉を強行したことが悔やまれます。命を失わなかっただけでもラッキーでした。でも簡単には気持ちの整理がつきません。憂鬱な気分と夜行バスの疲れを引きずりつつ歩くことになりました。

PCT61日目 6月25日(日)
1683mile付近から1656mile付近まで

5時起床、5時30分出発

今日は少しだけ体が軽く感じられる。これは良い兆候だ!
ツエルトの外に出ると、いつものような青空が広がっているが、午後から雷雨の予報となっているので、警戒しなければならない。

出発して直ぐになだらかな樹林帯の尾根で道に迷った。

先行者の踏み跡はところどころ残っているのだが、鹿の足跡も混じっているため非常に紛らわしい。つい鹿の足跡につられて道に迷った。こういう時はスマホの地図アプリを使うに限る。紙の地図は道に迷ってからでは現在位置を特定するのは難しい。特に土地勘のないところでは。

ようやく日が昇ってきた。方向感覚のズレを修正しやすい。
これまで北を向いて歩いていたのに、スキップしてから南下するようになってから方向感覚が狂った。地図をみてもいつもの癖で、つい進行方向を逆にみてしまう。気をつけなければ!

景色は良好。朝から少し雲が多めだった。
この時、後ほど激しい雷雨に襲われることになるとは全く思いもしなかった。

尾根沿いの道をゆく。

トレイルは続くよ。どこまでも。

日曜日だけあって週末ハイカーの姿がちらほら見える。PCTハイカーの姿は全くなし。

次第に空に不穏な空気が漂い始めた。振り返ると濃い雨雲の塊が流れてきた。
天気予報のとおり、雷雨に警戒しなければならないと思った。

林道ジャンクション近くの水場で水を汲んで昼食にしようと思ったのだが、水場へ下りる道が見当たらない。入口が週末ハイカーの車の影になっていて分かりにくくなっていた。

空模様を気にしながら遅めの昼食をとっていると、遠くの方で雷がゴロゴロとなり始めた。
雨雲はここより北側を通って西に流れてゆくため、雷雨に捕まることはないだろう。
ホッと胸を撫で下ろす。

安心したのも束の間、しばらくすると第二弾の雨雲がやって来た。
ちょうど進行方向で、このままゆくと雷雨に遭う可能性がある。
今のところ雷の音がしないため、そのまま歩いてゆくことにした。

私の心配が現実のものとなった。雨が降り始めて雷が鳴り始めた。
地図を見て避難場所を探す。この先の窪地で雷雨をやり過ごすことにした。

私のこの世で怖いものは、雷・飛行機・クマの3つだが、PCTを歩くには3つとも避けて通れない。この日、初めて雷雨の洗礼を受けることになった。

湖近くの鞍部に向かってトレランするかのように急いでいた。雨粒が大きくなり雷が近づいてきた。稲光から雷鳴までの間隔が短くなってきた。急げ!急ぐんだ!

迫り来る雨雲。

もう逃げられそうにない。私は観念した。


Halfmile’s PCT Maps California Section R – Page 2より

赤の矢印が避難場所。右上が1回目、左下が2回目。

1回目の避難では湖畔近くの鞍部でしばらく待機していたのだが、雨が小降りになったため大丈夫だろうと先に進むと、尾根に出る手前で急にヒョウ(パチンコ玉大)に変わり風が強まったので、山陰に隠れて30分ほどじっとしていた。

1回目の避難を終えて再び歩き始めたところ。ヒョウは止んだとはいえ空模様はかなり怪しい。ウヒョー、気持ち悪い空だ。

前方の窪地に向かっているところ。

2回目の避難ではしばらく行った先の窪地でやり過ごした。1回目の場所よりは安全に思えた。
立木から適度に離れた岩の上に座りじっとしていると、風雨が強まり雷が激しく鳴り始めた。Tシャツの上から直にポンチョを着ていたため、体が冷えて寒くなってきた。中に長袖シャツを着たかったが、ポンチョを脱いでバックパックを下ろしていたらずぶ濡れになりそうだったため、じっと縮こまって寒さに耐えていた。時間はおよそ1時間だった。

空のようすを窺っていると、すぐ近くの稜線上に数回雷が落ち、同時に乾いた爆音が周囲に轟いた。うち一回は稲光が網の目状に広がり、樹木の生えていない丸坊主の尾根を歩いていたら確実に雷に打たれただろうと思うと怖くなった。

18時過ぎ、雨雲が遠ざかっていったので再び歩き始める。まだ時々遠くの方から雷鳴が聞こえてくるため気は抜けない。

尾根沿いの樹木は山火事により黒焦げになっていた。空模様を見ながらハイペースで歩く。

空が明るくなってくると、もう雷雨のおそれはないと思っていつものペースで歩いた。

Seiad Valleyに向かって高度を下げているところ。

もう遅い時間のため、ねぐらを探しているのだが、なかなかキャンプ適地が見つからない。
ズルズルと麓に向かって下っていった。

天気は回復傾向で青空が広がり始めた。
雷の避難で休んだとはいえ、途中で逃げるようにハイペースで歩いたためバテ気味だった。
早くねぐらを見つけて休みたかった。

麓のSeiad Valleyを見下ろす。明日は買い物と食事ができると思うと多少は元気が出てきた。

下草が雨で濡れているため、靴がずぶ濡れとなった。
乾いた場所でツエルトを張りたかったが、ジメジメした樹林帯の中では望めそうもない。

この日は日没後も歩き、21時過ぎ暗くなってきてからトレイル脇の比較的平らな場所で慌ててツエルトを張った。暗くなるまで歩いていたため、雷避難していたわりにかなりの距離を歩くことができた。
Seiad Valleyを見下ろす場所で電波が入りそうだったが、全くの圏外だったのでブログ更新せずに直ぐに眠った。

データ
歩行距離 27mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  マルチャン×1、ツナ×1
行動食 パワーバー×1
昼食  マルチャン×1、ツナ×1、パワーバー×1
行動食 パワーバー×1
夕食  マルチャン×1(そのまま丸かじり)

PCT62日目 6月26日(月)
1656mile付近からSeiad Valleyを経て1632mile付近まで

昨晩、ヘッドライトが必要になる直前にツエルトを張ったため、恒例のねぐらの撮影は朝出発前となった。ねぐらの撮影は山の神に一夜の宿をお願いする、という重要な儀式も兼ねている。「安全に、そして快適に一夜を過ごさせてください!」とお願いするのだ。

昨日は遅くまで歩いたので、6時と遅めに起床して6時30分出発した。周囲は霧に包まれていてツエルトは露でずぶ濡れとなっていた。

霧の中をゆく。Seiad Valleyまでもうすぐなのだが、霧に遮られていて視界は効かない。
下の道路から車の排気音が聞こえてくる。

霧に包まれた水場。美味しい水をゴクゴク飲む。

Kalamath Riverを見下ろす。

麓まで下りて来ると、ようやく霧の下に出ることができた。眼下にKalamath Riverを見ることができた。民家は森の中に隠れるように点々とあった。

Highway96を歩く。早朝のためか、通行車両はほとんどない。
しばらくは道路歩きとなる。

通りがかりの無人のガソリンスタンド。一見すると閉鎖されているように見えるが、実はしっかりと営業していた。

ど田舎なのに給油機だけは新しかった。支払はクレジットカードのみ。
24時間営業か?

行けども行けどもお店は見えて来ない。本当に食料を手に入れることができるのだろうか?
お店が見つからなければ、ヒッチハイクして近くの町までゆくことになる。

道路上がPCTとなっている。これはAgua Dulce以来となる。

道路脇の牧場にポニー放牧されていた。挨拶しようと近寄ってゆくと、こちらを一瞥しただけだった。人間に全く興味はないようだった。私と同類のポニーに親近感を覚えた。

Seiad Valley1653.4mile地点 On Trail

山の中の小さな町。ただ一軒のSeiad Valley Storeでは必要な食料が全てが手に入る。
トレイル上にあって、ハイカーが必ず立ち寄る場所となっている。

Seiad Valley Store

営業時間 07:00~19:00(レストランは07:00~14:00)
無料Wi-Fiあり、Registerあり、荷物受け取り可。ハイカーフードが充実。

ハイカーフレンドリーなお店。BIGなパンケーキにチャレンジできる隠しイベントが用意されているらしい。(レストランの人に話しかけると発生?)

Seiad Valley Storeの隣には郵便局あり。ただし、営業時間は短いようなので注意する必要あり。

バックパックを店の前に置いて、空きっ腹を抱えて店内に入る。レストランはお店の奥にある。
お腹が膨れてから買い物することにしよう。まずは食事だ。

レジの横を抜けて奥に入るとレストランとなっている。カウンターとテーブル席がある。
大きなガラス窓があるため、開放的で非常に明るい。店内はオシャレに装飾されている。

裏口から直接レストランに出入りすることもできる。

店内の壁には昔のポスターが貼られている。なかなか味があって良い。
奥の部屋はテーブル席のみとなっている。

大きなマグカップを持ったヘルメットの兵士がにこやかに笑うポスター。

「何か馬鹿なことを言う前に考えろ!」

ひょっとしてこれ、黒澤明の「七人の侍」のポスターか?

できたてホヤホヤのブリトー

ブリトー(Burrito)とは、トルティーヤに具材を乗せて巻いたメキシコやアメリカ南西部の伝統的な料理らしい。フライパンで炒めた具材を薄い生地で丸めてある。
私が注文すると、おばさんが丁寧に料理してくれた。チップ込みで12$支払った。

このブリトーは非常に美味かったと、今でもハッキリと覚えている。
ボリュームたっぷりでお腹も大満足だった。

スキップ後から憂鬱な気分を引きずっていたが、このブリトーを食べてから心身が回復し始めた。
PCTはもう歩くことはないだろうが、近くに近寄ったら是非訪れてみたいと思っているレストランだ。

単に空腹だからとか、ロクな物を食べていなかったから、という理由ではなく、おばさんの長年の調理経験が素材の旨さを最大限に引き出しているように思えた。

レストランで食事を終えると、店内で買い物をする。
充実のマルチャンコーナー。確か一袋30¢くらいだったかな。

奇跡の袋入スパムとツナ。どちらも1袋2.25$。山奥にあるにも関わらず非常に良心的な価格だった。Echo Lakeのリゾートでは1袋4$もして、見た瞬間目眩がしたというのに。

パワーバーコーナーも非常に充実している。

パワーバーは1本2.2$と標準的な価格だったが、クリフバーが1本1.5$だった。
一瞬、貼り間違いなのかと思ってしまった程だった。当然クリフバーを選んだ。

これだけ買ってたったの15.85$だった。
これまでの感覚だともう25$以上はすると思った。ボリューム満点の食事といい、充実したハイカーフードといい、価格といい、Seiad Valley Storeは素晴らしい補給場所だった。

次の町は56.2mile先のEtnaで、ここで補給して3日分の食料を持って歩いた。

レストランで長く休憩しなかったのは、外で装備品を天日干ししたかったためだ。
雨が降ってジメジメしていた森の中でキャンプしたため、ツエルトや寝袋などが濡れてしまった。

店の裏手で広げて天日干しする。直射日光に当てると劣化が早まるが、さっさと乾かして先に進みたい。ハイカーの休憩場所がさり気なく設けてあってかなり嬉しかった。

1時間半ほどお店で休んでから出発した。
トレイルとなる道路を歩いていると車が止まり、おばさんから乗っけて行こうかと声を掛けられたり、すれ違うおっちゃんドライバーからクラクションを鳴らされたりした。

ヒッチハイクをしようとするとなかなか捕まらないが、必要ないときにはなぜか車が止まってくれたりする。他人を頼らず自分のやるべきことをしていれば、必ず協力者が現れるということか。

南向きのハイカーにも分かりやすいように標識が設置されていた。

民家の入口には「NO MONUMENT」と書かれた手製の看板が設置されていることが多かった。Seiad Valley Storeにも掲げてあった。

ブログ記事作成中の今、ネット検索してみると、新大統領の就任後に記念碑設置の動きがあるため、反対運動をしていたようす。要はKlamath River沿いの豊かな自然を守ろうという運動らしい。どこの国のお偉方もやることは似通っているなあと思った。運動の成果があったのか、記念碑らしいものはどこにも見かけなかった。

参考リンク Those “No Monument” Signs you see… – Happy Camp News

Klmath River支流のGrider Creek沿いの林道を歩く。
この日、初めて途中で北向きに歩いているハイカーとすれ違った。スキップ後に変化を感じたのは、女性ハイカーの多くが男性とハイカーと一緒に歩いていることだった。カップルなのか、単に一緒に歩いているだけなのかは分からなかったが、雪深いSierraを通過もしくはスキップした後もパーティーを解消せずに一緒に歩いていたようだった。(コノヤロウ、少し羨ましかったぞ!)

林道終点からようやくトレイル歩きとなった。
明るい松林の中をゆく。Seiad Valleyで食事をしてから、明らかに足取りが軽くなり、前向きな考え方となった。

トレイルを歩いていて気になったのはGrider Creekが増水していたこと。
際どい渡渉があるかもしれないと内心ドキドキしていたのだが、要所要所に丈夫な鉄製の橋が架けられていたため、難なくクリアすることができた。

渡渉を失敗してから、渡渉恐怖症になった気がする。今度こそ流されてしまうのではと思うと、心穏やかではいられなくなる。臆病になったことで、より安全にハイキングができるようにたったとも言える。臆病になることは何も悪いことばかりではない。

2016年3月に架けられた真新しい橋。無駄のないシンプルな作りで感心した。
馬も歩けるように幅が広く平らとなっていた。

午後4時前、トレイル脇の広場で遅い昼食をとることにした。

Seiad Valley Storeで食べたブリトーの腹持ちが異様によくて全然お腹が空かなかった。
おばちゃんの愛情と具がたっぷり詰まった食べ物だったからに違いない。

ついでにCreekで洗濯してそこら辺の立木に掛けて水切りしておいた。

完全復活したおっさん!

馬を使ってトレイルをメンテナンスしている老夫婦と会う。ちょうど倒木を切っているところだった。待っている間、馬はそこら辺の草を食んで草刈りをしていた。分割した倒木を馬で引っ張っているらしかった。

馬3頭はトレーラーで連れて来られていた。牽引車のピックアップトラックにはUS Forestと表示されていた。

メンテナンスが行き届いているトレイルは倒木が少なくて非常に歩きやすい。こうしたボランティアによってスルーハイクが成り立っている。これは片時も忘れてはならない。(私はというと、常に忘れっぱなしで文句ばかり垂れていて恥ずかしい限り。)

Marble Mountain Wilderness

真新しい標識だった。とりあえずここまで運んできて後日の取り付けらしい。

アメリカでは標識は立木に直接ボルトや釘で留めるのが一般的。わざわざ取付用の杭をコンクリートで固めることはしない。手っ取り早く金の掛からない方法だ。釘を打ち込んだくらいでは木は枯れない。自然環境は遥かに厳しい。

日が傾き掛けてきて、そろそろねぐらを探し始める時間となった。

1632mile地点、Buckhorn Spring付近

開放的な場所で水場も近く気に入った。他のハイカーの姿が見えないため、ここでキャンプすることにした。

大きな木の下でツエルト設営

お腹があまり空いていなかったため、夕食はパワーバー1本のみとした。周囲は木に囲まれていて風はそれほど吹かない。落ち葉が堆積してできたフカフカの地面で快適な一夜を過ごすことができた。

そう、やつがやって来るまでは!

21時ころ、周囲はようやく暗くなり始めた。

1日の出来事をノートにメモすると、さっさと寝たのだった。

データ
歩行距離 24mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  レストランで食事(ボリューム満点の美味しいburrito)
昼食  マルチャン×1、ツナ×1
行動食 チョコレート×1、パワーバー×1
夕食  パワーバー×1

PCT63日目 6月27日(火)
1632mile付近から1608mile付近まで

夜10時過ぎ、キャンプ地の周りで何者かがうろつき始めた。人間がキャンプをしているのに、近づいてくる生物は一体何か?全神経を集中してようすを伺う。始め、ツエルトから離してトレイル脇に置いたベアキャニスターに惹き寄せられたクマだと思った。
大声を出したり、クッカーや手を叩いたり、スマホのアラームを鳴らして追い払おう試みたが全く効果がなかった。その後ガサゴソ音が聞こえたので、空腹のクマがベアキャニスターを開けようとしているのではと勘違いした。

気配を消してツエルトの中でじっとしていると、すぐ近くで足跡がし始めボリボリと硬い何かを食べる音がしてきた。その時、トイレに行きたいのに我慢している状態だった。待てども待てどもその生物は立ち去ることはなく、人間の私を無視するかのように歩き周り何かを貪り食べていた。その生物が歩く時、蹄のような音が聞こえた。はて?クマにしてはおかしい。

意を決して外に出てみると、なんと鹿だった!
ヘッドランプの明かりで暗闇に浮かぶ鹿と目が合ったが、全く逃げる素振りは見せない。
外に出て用を足し、鹿を追い払ってツエルトの中に入ると、再び戻ってきて近くでボリボリと食べ始めた。
大きな木の根っこを掘り返して食べているようだった。追い払ってもすぐに戻ってくるため、ボリボリという音を夢の中でも聴きながら眠ったのだった。

寝不足のだったが、だいたいいつもどおりの5時20分に起床し5時45分出発した。

早朝の気持ちの良い尾根歩き。ハイカーの姿はなくリラックスして歩くことができた。

現地調達した石で作られた石段。

PCTの整備には天然物が使用されているため、気持ちよく歩くことができる。日本では飯豊山系で天然物を利用した登山道整備が行われていたのを思い出した。

大きな石を砕いて整形して平ぺったい石を作っているようだった。僅かな区間だが、かなりの時間を掛けて作られたように思えた。

日当たりの良い稜線上はすっかり雪が消えて岩がむき出しになっている。

8時半過ぎ、1626mile付近のParadise Lake湖畔で遅い朝食をとる。
湖から流れ出る冷たい水を汲んでマルチャンを作った。

この時はまだ、汲みたての冷たい水を調理に使っていて燃料を無駄にしていたのだった。この後しばらく経って、バックパックの背中側に入れたプラティパスの温い水を使うようになったのだった。

トレイル付近の断崖

見上げると首が痛くなってくる。

朝食を食べてエネルギーを補給すると、歩行のペースが上がった。

気持ちよく歩いていると、残雪が多く残る樹林帯の斜面に差し掛かった。

Seiad Valley Storeで自作の杖を忘れたため、杖なしで何度も転びながら歩いていたのだった。何度も言うが、樹林帯の斜面の横切りはハイカー泣かせ。非常に歩きづらくて一気にペースが落ちる。

必要なものは必要な時に与えられる。

お尻を濡らして杖が欲しいと歩いていると、よいタイミングでトレイル脇に白骨化した大きな倒木を発見した。

できるだけ真っ直ぐで丈夫な枝を選び、踏んづけて折って長さを調整して、岩に擦りつけて表面の凸凹をとって滑らかにして完成!

所要時間は10分ほど。こうしてタダで手軽に杖を手に入れることができる。

杖を手に入れてからは雪の斜面でもスイスイ歩くことができた。
距離が長いので、杖は絶対あった方が良い。短期間ならタイムロスもそれほど気にならないが、こうも毎日残雪の区間を歩くことになると、後々ハッキリした違いとなって現れる。

Marble Valley Cabin(1621mile地点)

小高く日当たりの良い場所に赴きのある小屋が建っていた。
広くて水場が近いので、ここで昼食をとることにした。

小屋は施錠されていて使用不可。

波板の屋根に杉材を貼り付けてあった。こういう場所に住んでみたいと思わせる明るい雰囲気の場所だった。

2日前、雷雨に遭ってから常に空を見ながら歩いているのだが、天気は安定していて雨が降りそうな気配は全くなし。

痛々しい山火事跡を歩いていると、空の青さがハッキリと分かる。

尾根伝いのルートをゆく。

ピークを巻く場合、南側と北側では全く雪の量が全く違うため、どちらか非常に気になる。
今回は南側を巻いてゆくことになって、ホッと一安心する。

眼下に湖を見下ろしながら歩いてゆく。
非常にいい景色だ。

この日の難所、1613mile付近の峠に差し掛かるところ。これから雪の少ない西側斜面から雪の多い東側斜面に移ってゆく。

峠から先のルートを見下ろす。

谷に沿ったトレイルは雪に埋もれているため、どうしようか迷う。
ちょうど南向きと思われるカップルハイカーがいたのだが、どのルートで進もうか迷っているようすだった。聞いてもハッキリした返事はもらえそうになかったので、とりあえず下りて行ってから考えることにした。

Sierraをスキップしてから、残雪が一番多かったのは1613mile付近の峠の下りだった。
下りてきた峠の方を見上げる。先程のカップルハイカーの姿は見えない。

谷沿いから斜面の横切りのルートを見つけるのに多少時間がかかった。
調子に乗って下りて行ってしまうと、多大な労力を使って登り返す必要がある。

雪解け水で泥濘んでいるトレイルを歩いてゆく。時々、雪の急斜面を下りねばならず、かなりの緊張を強いられた。履いていたトレランシューズは雪解け水でずぶ濡れとなっていた。
スノーブリッジを踏み抜かないように気をつけた。

残雪の多い斜面を抜けて小さな湖まで下りてきた。湖の名前はない。
日は傾いてきているが、日当たりが良く濡れた体を乾かすにはちょうど良かった。
ここで日向ぼっこしつつ夕食をとることにした。

湖で水を汲んで岩の上で食事を作る。濡れたトレランシューズを乾かす。

最大の懸案事項はトレランシューズの傷み。
Kennedy Meadowsで交換したシューズは200mile歩いただけで穴が空いてしまった。その後も穴が大きくなる一方で、そろそろ買い替え時だと考えるようになった。

ただCalifornia北部には大きな町はないため、ネット通販を頼ることになる。その際迷うのが、どこに送ろうかということだった。

この日、Etnaまで11mileほど残した見晴らしの良い尾根上でキャンプすることにした。
スマホを取り出して電源を入れると圏内だった。

砂地のような緩い地面だったが、立木と石を使ってツエルトを設営した。
時間は20時30分過ぎ。

ブログ更新してからAmazon.comでじっくりとトレランシューズを選び、1347.6mile地点のDrakesbad Guest Ranchへ発送する手配をしたのだった。
およそ250mile先で10日後の着予定となる。Amazonは送料無料の通常配送だと5~7営業日後の手配となるため、前もって注文しておく必要がある。これが予定の定まらないハイカーにとって厄介なことだった。

データ
歩行距離 24mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
行動食 パワーバー×1
朝食  マルチャン×1、ツナ×1
行動食 パワーバー×1
昼食  マルチャン×1、スパム×1
夕食  マルチャン×1、スパム×1

気分の落ち込みは続いていましたが、努めてあまり考えすぎないようにしていました。小さな村のレストランでお腹いっぱいご飯を食べると、不思議と憂鬱な気分が楽になりました。

PCT64日目 6月28日(水)
1608mile付近から1597.2mile地点Etnaまで

5時10分起床 晴れ 無風
5時35分出発

昨晩、遅くまでスマホを弄ってトレランシューズを購入していたため寝起は悪かった。スマホの液晶画面のブルーライトは体に良くない。
そんな悪い寝起だったが、今日はスキップ後、初めて町で泊まるため気分は良好だった。

トレイルはこうした苔むした大木の森を抜けてゆくこともある。
新鮮な空気を吸い込むと、心の奥深くまでリラックスできる。

スキップ後、ハイカーの数がグッと減って気が楽になったことも大きい。

Etnaに向かって着々と距離を縮めているところ。
町に下りたら何を食べようか考えながら歩いていた。

9時前ころ、1601mile地点のキャンプサイトで遅めの朝食をとることにした。
時間に余裕があるため、ゆっくり食事を済ませたのだった。

そして約40分後、キャンプサイトを出発したのだが、なんと逆向きに歩き始めてしまったのだ。
写真は戻ってきた11時半ころ撮影したもの。樹木の切れ間から日が差し込んでいて、フラットなサイトで快適な場所だった。


Halfmile’s PCT Maps California Section Q – Page 1より

私はスキップ後のAsh Landから赤の矢印のように北から南に向かって歩いているところだった。
朝食をとった場所は1601mile地点のCS1601と表示されているキャンプサイトだ。ちょうど鞍部にあって直角に曲がるようになっている。山腹を横切るようにトレイルが付けられていて高低差がほとんどない。キャンプサイトはトレイルから少し外れた西側にあった。

逆に歩いているのに気がついたのは、特徴のある残雪に自分のトレランシューズのソールのパターンを見つけたことがキッカケだった。
スマホを取り出して地図アプリで現在位置を確認すると、我が目を疑った。
本来マイル数が減ってゆくはずが、逆に増えていってしまっている。この事態を飲み込むのにしばらくの時間が必要だった。

トレイルを逆向きに歩いてしまったのは、今回が最初で最後だった。スキップ後逆向きに歩いていたため、方向感覚が狂っていたようだ。
今、こうして記事を書いている最中でさえ、地図を逆向きに読みそうになる。それはなぜか?
Halfmileの地図は北向きに歩くものとして作成されているためだ。間違えないようにサコッシュのマップケースには逆向きに入れていたのに、方向を確認せずに無意識で歩き出してしまったため、普段では考えられないようなことが起こったと思われる。

ヒッチハイクポイントが目前であったため、注意が他に行っていたことも間違いを起こすもととなっていたようだ。

やってしまったことは仕方ない。しかし、心穏やかに歩くことはできなかった。
あの時、注意していれば4mile余分に歩かなくて済んだのにと。

当初の予定では、余裕を持って町に下りお昼をレストランで食べるつもりだった。それが大幅に遅れることになってしまった。悔やんでも悔やみきれない。

渡渉の失敗は起こるべくして起きた失敗だったが、今回は単なる不注意だった。

13時ころ、ようやくEtnaへのヒッチポイント、Paved Sawyers Bar Roadまで下りてきた。
遠目で見る限り、付近に民家はなく、通行車両もない。

道路の退避スペースでヒッチハイクを開始するも、通行車両は全くないため途方にくれる。
座って気長に待つことにした。

待つことおよそ15分。町の方から上がってきた車がUターンして寄ってきた。なんと町まで載せて行ってくれるという。ただ道路上に座っていただけなのに、こうしてヒッチハイクが成功してしまったのだった。

載せてくれたのは、老夫婦とその友達1名で、近くの湖にカヤックをやりにゆくと行っていたような気がするのだが、わざわざ町まで送って貰った。助手席と運転席の間からリアのトランクルームまで届く長いパドルを持っていたというのに。

Etna 1592.7mile地点 10.4mileヒッチ

山間にある小さな町。必要なものがコンパクトに収まっていて移動が楽。リーズナブルなキャンプ場とロッジがあって休養日をとるのにも良い。町の人は超ハイカーフレンドリーでヒッチハイクは思いのまま。

載せてくれた老夫婦は町の中をゆっくり走って一通り案内してくれた。モーテルはここがいいよ!と教えて貰ったのだが、内心有り難迷惑で「こんな高いところ泊まれるわけないよ。」と心とは裏腹ににこやかな笑みを返したのだった。

そんなあとで、安くキャンプできる公園で下ろしてくれなんて言えないため、無難にPost Officeで下ろして貰った。車を見送ったあと、そう言えば以前も同じことがあったなと思い出した。

それはまだ歩き始めて間もないBig Bear Cityへ下りて行ったときのことだった。あとから乗って来たハイカーと同乗した私はおじさんの観光案内を聞いていたのだった。その時、モーテルはあそこが良いぞ!などと聞こえていたのだが、同乗したハイカーは若干冷めたように受け答えしていたのが思い出された。

PCTハイカーはみんな金持ちだと勘違いしている人が多い。そのことで何度辟易したことか。私が日本人のおっさんだからか余計に勘違いする人がいた。Chesterのバーガー屋で食事した時、お店のオーナーから「あんた日本人で金持ってるんだろ?」などと何度もニヤニヤ言われたこともあった。バーガーはボリュームたっぷりで美味かっただけに非常に残念な店だった。

宿代が掛かるから町での滞在は最小限に留めて日暮れまでトレイルに戻ると言ったらさぞかしびっくりするだろうなと思ったりもしたのだった。(実際は英語が話せないため、適当にごまかしていただけだったが。)

Etna City Park(キャンプ場)

料金 1泊5$
水道、トイレAC電源あり。宿泊日数無制限。フリーWi-Fiあり。

ではここで、Etnaのキャンプ場を紹介しておこう。PCT沿線にある数多くのキャンプ場に泊まった私がおすすめするEtnaのキャンプ場。間違いなくナンバー3に入る快適な場所だった。
一番良かったのは、フリーWi-Fiがあったこと。AT&T圏内だったが、そこそこスピードがあって快適だったので、Wi-Fiに切り替えて使用した。

公園入口にあるキャビン

Etnaゆかりの人の家を再現したものらしい。

公園入口。ここEtna City Parkはキャンプ場も兼ねている。YOGIのHandbook(2016-2017)では無料となっているが、1泊5$と変更されていた。

公園入口の看板には「JOHNSON JOSS MEMORIAL PARK」と表示されていた。

掲示板のガラスを開けると料金袋があるので、宿泊日数分の料金を入れてポストに投函する。

料金は1泊5$と非常にリーズナブル。Wifiのパスワードも表示されている。

公園内のようす

広大な芝生の広場となっている。散水用のスプリンクラーはなし。思う存分長居することができる。日当たり良好で洗濯物もよく乾く。一番暑い正午過ぎに木陰になる場所にテントを張ると快適だ。

こちらが休憩場

ピクニックテーブルとAC電源が整備されている。雨の日も快適にくつろぐことができる。滅多に雨は降ることはないので、日よけとして大活躍するだろう。

公園内の各所に設置されている水道の蛇口。
浄水せずに飲めるのは有り難い。ベアキャニスターを洗濯桶として汚れた衣類を洗濯した。

シャワーとコインランドリーは近くのガソリンスタンド、Shellまで行くことになる。

広大な公園のため、他のハイカーから遠く離れた場所に張って静かに過ごすことができた。
アンフレンドリーなハイカーたちが休憩所のAC電源を占拠していて雰囲気が悪かったので、遠く遠く離れた一番奥でキャンプすることにした。

公園でツエルトを張って荷物を下ろし洗濯を済ませると、空きっ腹を抱えて町へと繰り出した。
見るものどれも新鮮でウキウキだった。

15分ほど歩いて町外れにあるPubにやってきてバーガーを注文した。
すでに時間は15時30分となっていた。バーガーを食べることを夢見て歩いた数日間。あっという間に平らげてしまった。料金はチップ2$込の17.35$だった。

Pubなのにアルコールを頼まなかったためか、ウエイトレスが非常に素っ気なかったため、食べ終えるとすぐに店をあとにした。

食事のあとにやって来たのは図書館。町の大通り沿い、Groceryの向かいにある。
5時の閉館時間までしばらく休憩した。

Groceryで買い物した食料。全部で約65$。非常に高い。Clif Barが2.5$、袋入ツナが2.2$、マルチャンが50¢と高めだった。

しかし、山奥の町でハイカーフードが手に入ると思えば安いものだと思うしかない。1$を130円とするとおよそ8500円。日本ではありえないほど値段が高い。アメリカ滞在中は物価の高さがボティーブローのように効いてきておっさんの財布にダメージを与え続けたのだった。

ハイカーに人気のTrail Mix。ナッツ類とチョコレートが混じっていて腹持ちはなかなか良い。
値段もパワーバーに比べると、リーズナブル。
安かったバナナチップスも混ぜてボリュームを増やした。

データ
歩行距離 10.8mile(+逆向きに歩いた約4mile)
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  マルチャン×1、ツナ×1、クリフバー×1
昼食  Pubで食事
夕食  たくさん

この日信じられないことが起きてしまいました。今になってもハッキリした原因が分かりません。おそらく疲れが溜まっていたためだろう、そんなことくらいです。残雪の量が一気に減り楽にはなりましたが、慢性疲労が溜まった状態での厳しいハイキングが続いていました。

PCT65日目 6月29日(木)
1597.2mile地点Etnaから1582mile付近まで

8時過ぎ起床

昨晩はAmazonの注文を一旦キャンセルし、トレランシューズに加えて、プラティパス水筒と補修テープを追加して再注文した。全部で62.36$、発送先は変更無しでDrakesbad Guest Ranchとしておいた。

朝から日差しがたっぷりと降り注いできたため、ソーラーパネルを広げてモバイルバッテリーを充電する。AC電源に依存しなくてよいため、ソーラーパネルは重さ以上に役に立ってくれる。特に宿に泊まらないハイカーにとっては。

ゆっくり荷造りを済ませて9時30分過ぎキャンプ場を出発する。
町を出る前にGroceryに寄ってお腹を満タンにすることにした。

りんごジュースをゴクゴク飲む。ぷはぁー美味い、美味すぎる!

レジで代金を支払う時、カードを出したのに小銭はある?とレジのおばちゃんに聞かれた。どうしてなんだろう?と不思議に思いながら、財布にあった小銭を全部渡すと、小銭分を引いてからカード払いとしてくれた。
私がPCTハイカーなのを知って、少しでも軽くなるようにとやってくれたのだった。アメリカでこんなに親切なレジの人はEtna以外にいなかった。わりかし丁寧な人はいたけど、ここまでやってくれる人はいなかった。日本でもこんなきめ細かいサービスをしてくれる人には会ったことがない。嫌々仕事をしていたのでは絶対にできないことだ。

とびっきりな素敵な笑顔で見送ってくれた。

日本ではほとんど見かけなくなった公衆電話だが、アメリカでは結構見かける。
ただし、無傷な電話は見たことがない。こちらはドアが外れて開きっぱなしとなっていた。

Etnaの墓地

Cemeteryというと映画「ペットセメタリー」を思い出す。見たことはないけど、スティーブン・キング原作のホラーものだということくらいは分かる。英語を無理やりカタカナにするから訳が分からなくなる。
なんだ、ペットの墓地の話か。また1つ賢くなったおっさんであった。

町外れの墓地を過ぎたところでヒッチを開始した。
なんと始めて10分、一台目の車で成功してしまったのだった。

載せてくれたのは、山にピクニックにゆくところだった子連れの夫婦だった。
子供たちで回しながらお菓子を食べていたのだったが、その中の金髪の男の子がどうぞと差し出してくれた。
カーゴルームから家族のようすを窺っていたが、ワイワイと楽しそうに話していて素敵な家族だと思った。子供のさりげなくこちらのようすを見る仕草も可愛らしかった。Etnaは不思議な町だった。

スムーズにヒッチハイクに成功し、トレイルに戻ったのは11時ころだった。
歩き始めてしばらくすると、地元の中学生らしき大集団が3つのパーティーに分かれて歩いてきた。驚いたことに大人の姿が一人も見えなかった。全ては生徒たちで行っていたのだった。バカでかいバックパックを背負い、上級生がポータブルトイレも担いでいたことに驚かされた。

写真はEtna Mountain。Etnaの町は山の影になっている。

北側斜面に残る雪。

自作チェーンアイゼンはバウンスボックスに入れてMt.Shastaまで送ってしまったため、杖2本で歩いているところ。盛大にコケて10mほど滑落した。幸い、足の方から落ちたため、岩の上に着地することができた。

バックパックにソーラーパネルを付けて歩く。
スキップ後は、樹林帯の中を太陽に向いて歩いているため、充電効率は恐ろしく悪い。途中で邪魔になって仕舞うことにした。歩きながらより、休憩中に日当たりの良い場所に置いた方が遥かに効率が良いと分かった。何でも経験だ。

ゴツゴツした岩場を縫ってトレイルが続く。雪が解けていて良かったと思った区間だった。

度々現れる石段。ほとんど平らなため石畳と言った方が良いだろうか?
こうした職人技が随所に見られる。

湖を見下ろす。深い緑色に吸い込まれそうになる。

ズームなしでも姿を捉えることができるようになったMt.Shasta。
随分と近くなってきた。次の町となる。

湖に浮かぶ大量の丸太

石の上で日向ぼっこするリス。

山火事跡をゆく。木陰がないため、暑く感じられるほどだった。

山火事で山林が焼失すると、しばらくの間、草木は全く生えてこなくなる。
地面に薄っすらと草が生え始めていた。これでも山火事後10年近くは経っているだろう。

岩の上で夕食をとる。

トレイル脇に面白そうな岩を見つけたので行ってみた。
平ぺったい一枚岩がバランスを保って乗っていた。平らな場所がなかなか見つからず、しばらく夕食がおあずけとなっていた。

20時前、気温が降下してきて再び凍り始めた雪の斜面をゆく。
すでに何度か滑落しているため、慎重に歩いていった。

20時半過ぎ、林道とのジャンクションでツエルトを張った。
尾根から下りて来たところの森の中で、風は吹かず快適な夜を過ごすことができた。

データ
歩行距離 15.2mile
 
食事内容

朝食  パン×1、おやつ少々
昼食  パン×1、トレイルミックス少々
夕食  マルチャン×1、ツナ×1、トレイルミックス少々

つづく

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コメント

  1. 一式陸攻 より:

    余計なことを書きすぎたな反省することが多かった。

    < 検閲も校正もないのがブログの記事ですからね。

      隊長は、一人でよくやってますよ!

      PCTのキャロルや小屋のトムは、
      元気なのでしょうか?

    • karaage より:

      どうもありがとうございます。
      一度、プロの人の意見を聞いてみたいです。

      さあ、どうなんでしょうか?Carolからは返事は来ていません。

    • karaage より:

      どうもありがとうございます。
      一度、プロの人の意見を聞いてみたいですね。

      さあ、どうなんでしょうか?Carolからは返事は来ていません。