退職5周年~ほんとうの自分の人生を生きる

こんにちは。からあげです。

 

今でも忘れもしない2013年4月12日。私が会社を辞めて自由を手に入れた日だ。記念すべき私のIndependence Day(独立記念日)

もうあれから5年の月日が流れてしまったのか。いや、まだ5年しか経っていないのか。自分の感覚ではすでに10年以上前のような気がする。

 

山林探しの旅に出てから、土地を購入して山小屋を建てるまでは、毎日が新鮮で生きているのが楽しくて仕方なかった。

それがどうだ!小屋を建てて設備が整ってくると、新鮮味は次第に失われ、単調な日々に飽き飽きするようになっていった。人間は飽きっぽい。私の場合は特に。

 

私は小屋暮らしがしたくて小屋暮らしを始めたのではなく、「ローコストで維持できる生活基盤が欲しくて」小屋暮らしを選択した。そこそこ快適で金が掛からなければ、激安賃貸暮らしでも、ワイルド感たっぷりのテント暮らしでもよかった。ようするに金が掛からなければ何でもよかった。
私の根底にあるのは寝太郎さんが提唱するBライフだ。今さら、読者には説明をする必要はないだろう。

テント暮らしを10ヶ月ほどやってみたが、自然環境の影響をダイレクトに受けるため、悪天候をやり過ごすのは大変で快適とはいえなかった。小屋は耐候性が高く非常に快適だった。薪スト-ブを焚いてゴロゴロするのは至福のひと時だった。

 

しかし、小屋暮らしはローコストで生活できるとはいえ、それなりに月々の生活費はかかる。外食はせずに1日3食全て自炊して、玄米ご飯と味噌汁を食べているだけでも、食費は1月1万円は超える。生活用品や通信費に加えて、金食い虫の車、さらに活動に必要な装備品にもお金がかかる。去年初めて海外で活動すると、およそ100万円も掛かってしまった。

 

高額な活動費を捻出するため、ハイキング中にもブログ更新に精を出していたが、それも限界を迎えてしまった。実はとうの昔に破綻していたのだが、我慢しながら根性で電波が入る限りはブログ更新し続けた。それでPV数増加とともに広告収入は増えていった。

収入が増えるにつれて、虚しさも増えていった。Bライフなら十分やっていける収入を稼げるようになったが、私の心はますます冷めていった。こんなはずではなかったと。

 

ブログと同時進行で、キャンプ場やスキー場でアルバイトをやったこともあった。現金収入を得るためには、バイトが最も手っ取り早い。しかし、それには代償が伴う。
雇われの身となった途端、決別したはずの社会システムや常識に縛られるようになった。そのほかに、発達障害の傾向のある私には、人と一緒に働くのは難しかった。自分は一人きりで働きたい。

毎日、雇われ仕事をするのが当たり前になっていると、会社都合による転勤や残業が当たり前のように思われてくる。本来会社が負担すべきものなのに、もっともらしい理由を付けて、半ば強制しお金は出し渋る。

会社は君の能力を伸ばすために、あえて転勤させるんだ。分かって欲しい。
この仕事は絶対に今日中に終えなければならない。残業してでもやってくれ。

などなど

会社の戯言は聞き飽きた。もう騙されない。

 

アルバイトは、一昨年の年末年始にやったのが最後だった。毎日日の出の3時間前に起きて、夜道を車で走って職場に向かった。全てでないにせよ、だいたいは自分の思い通りだった生活に、急に他者が割り込んできた。無意識が反発するのを意思の力でねじ伏せて、遅刻しないように早めの出勤を心がけた。そんな無理を重ねた結果、かつての愛車、Jimnyのサイドを切り株にぶつけて凹ませてしまう。切り株を交わす前に小回りしてしまうなんて、それまでの自分には考えられないことだった。

最悪だったことは給料計算が間違っていたこと。確定申告するために、給与所得の計算をしていたところ間違いに気がついた。早速担当者に連絡して対処してもらったが、最後まで一言も詫びの言葉はなかった。

コイツ、気づきやがったか。
バイトなんて消耗品。田舎で金を稼げるだけでもあり難いと思え。金はくれてやるからさっさと消えろ。

そう思えてならなかった。使い捨てのアルバイトはこの傾向が顕著。私の数少ないバイト経験でもヒシヒシと感じた。正社員だともう少しマシな扱いにはなるが、基本は変わることはない。会社の歯車、いち部品でしかない。壊れたら即交換、ポイ捨てされる。
これを正社員にやると会社全体の士気に影響するため、穏やかに密かにだが確実にことは実行される。

もう雇われ仕事はいい。

 

そう思ってブログにますますのめり込んでいったのだった。

 

ブログ収入に限界を感じ、雇われ仕事のアルバイトもやる気が全く起きない今、私に残されている道は「ほんとうの自分の人生を生きる。」ことだった。金がなくなることを恐れず自分の人生を楽しむ。そうすれば、結果的にあとからお金が付いてくるような気がする。お金を欲して追いかけようとすると向こうから逃げてゆく。あれ?似たようなものがあるな。自分のやりたいこと、すべきことに専念する。

すでに気づいている読者もいるかもしれない。そう、最近になって「プロブロガー」の肩書を改め、単なる「ブロガー」とした。プロが付くと急に胡散臭くなるし、更新するのが義務のようになってしまう。アマチュアとプロの違い関係なく、自分が伝えたいことを読者に伝えてゆく。ただそれだけだ。

私は根っからのブログ好きだ。これは疑いようもない。
今回、ブログを離れてみて改めて気が付いた。私はブログが大好きだし、ブログによって自分の人生をより良く変えたい。

今年手に入れたPanasonicランドナーOJC4。ツーリングを重ねるうち、早くもJimnyよりも愛着を感じるようになってきた。コイツとならどこへでも行けるような気がする。ハンドルを握って一心に漕いでいると、そう思わせてくれる。

 

命名、隊長号。(たいちょうごう)

 

マニュアルのJimnyでも一体感は感じられたが、OJC4は段違いだった。風に吹かれて遠出すれば、あら不思議、雑念は消え去り本来の自分に戻れるような気がする。移動に体力が必要な自転車だからこそ、そう思えるに違いない。

徒歩は日常の移動手段にはなりえない。1km以内の近場ならいいが、遠いと時間がかかり過ぎる。徒歩よりも荷物が運べて移動が速い、しかしバイク・クルマより圧倒的に劣る。それが自転車だ。自転車に乗っていると、おっさんでも気持ちだけは少年になれる。それがいい。ただ漕いでいるだけで楽しい。

 

今後は自転車を中心に自分の人生を切り拓いてゆく。もう小屋はいい。

未知なる場所に自転車と共にゆく。必要最低限の荷物を持って。アメリカのロングトレイル、PCTが私の人生観を確固たるものにしてくれた。人生に余計なものはいらない。

社会常識、しがらみ、人間関係、いろいろな物

 

不要なものを捨てて身軽になることで、より自分の人生を楽しめる。雇われ仕事やブログ、不要な荷物に振り回されている場合じゃない。

私はこの先何年生きられるか分からないが、死ぬ間際、この世に感謝して死んで行きたい。みな孤独死を恐れるが、本来死は自分一人で受け入れるもの。他者の介入はいらない。

 

これから死ぬまで「自分の人生を生きたい。」それが私のたった一つの願いだ。金、名誉、権力なんていらない。自分の望む人生を生きることができれば、それでいい。

 

このテーマについて書くのは、次回5年後、退職後10年目の節目にする。50歳になった自分がどのようになっているのか、楽しみにしながら生きてゆこう。

コメント

  1. 白山室堂御前荘 より:

    出社前に読んでいます。

    2013年4月12日。私が会社を辞めて自由を手に入れた日だ。記念すべき私のIndependence Day(独立記念日)。

    < 4月12日、Independence Day!

    すごいですよ隊長わ!
    これからも全人類にブログを通して、隊長号からニューワールドを見せてください!

  2. 一式陸攻 より:

    今日のコメントは一言です。

    応援しています。

  3. かりあげ君 より:

    悟りを開いた感じで、カッコいいですね!
    一読者として、これからも隊長を応援していきます。

    • karaage より:

      これまでは軽いウォーミングアップです。
      そろそろ本気出して行きますよ。

  4. NS より:

    「隊長号」と「ストックシェルター」の旅日記、楽しみにしております。

    • karaage より:

      どうもありがとうございます!
      気長にお待ちくださいね。そのうち気が向いたら順次アップしてゆきますから。

  5. tarabatara より:

    5年かあ・・・はやいもんだに 
    ゴーイングマイウエーだに

    • karaage より:

      お久しぶりです。tarabataraさんお元気ですか?
      思わずニヤリとしてしまいました。

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