PCT2017スルーハイクの記録~激闘の中央California編 その1~

こんにちは。からあげです。

前回からかなり間があいてしまった今回の記事。当初は早めに書かないと記憶が薄れてしまい書けなくなってしまうと思っていたが、歩き終えて5ヶ月経とうとしている現在でもハッキリした記憶が残っている。どうでもいいことはすっかり忘れて、必要なこと、思い出深いことは昨日のことのように思い出せる。本当に不思議なものだ。PCTの強烈な経験が私の脳裏に深く刻まれている。一生忘れることのない思い出。非常に辛く楽しくもあったPCTだった。

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PCT37日目 6月2日 
702mile地点Kennedy Meadowsから710mile付近まで

Kennedy Meadowsでの朝。この日、朝7時に起きて活動を開始した。まだ日が当たらないため、少し肌寒かった。

昨晩は近所の民家の方から大音量のロック音楽が聞こえてきた。楽器の練習していたのか、それともパーティーでもして騒いでいたのか。煩いので耳栓をして眠った。

マルチャンの作りながら出発しようかどうか悩む。昨日ゆっくりしたとはいえ、まだ1泊しかしていない。あと1泊か2泊してゆっくり休んだ方がいいんじゃないかという心の声が聞こえた。しかし、準備が整った今は休むべきではないだろう。スルーハイクを達成するためには歩き続けなくてはならない。Sierraは時間がかかるため、早めに出発した方がいい。そう、結論づけた。

ベアキャニスターの積付けには非常に迷った。バックパックに横向きに入れると少し無理があって生地に負担がかかっているように見える。

かと言ってバックパックの外側に積み付けると、すっぽ抜けて落とすかもしれない。
実際、これで試しに歩いてみたが、見事すっぽ抜けて周囲のハイカーに笑われた。

そこで改良してベアキャニスターにテーピングテープを巻き、タイベックシートで挟んでストラップで留めることにした。多少不安定だが、まあなんとかなるだろう。

さあて、ツエルトを撤収して出発する準備でもするか!

あちこちにアンティークにもなるような粗大ごみが放置されている。

新しいトレランシューズと靴下。靴下は6足組みで7$。3足はハイカーボックスに投入して処分した。昔懐かしいルーズソックス風になってしまった。

出発前にダブルチーズバーガーを食べる。値段は8.75$だった。

食後のおやつも食べる。しばらく文明社会とは離れるので、好きなように食べておく。

ウッドデッキでブラブラしていると、日本人ですか?と声を掛けられる。PCTで初めて会った日本人だった。ゆっくり話して情報交換したかったが、ベアキャニスターの積付け方法や先のことを考えていた私は直ぐに別れてしまった。勿体ない。

さあ、準備は整った。Kennedy Medowsのお店を出発したのは12時過ぎ。

道路を歩いてPCTに復帰する。しばらくは平地が続いた。

時々タイヤの跡が残っていたので、どこかの馬鹿な自転車野郎が走り回っているのかと思ったが、電動車椅子に乗った人が家族と散策していたのだった。どこでも入っていけるように大型の前輪が付いていた。疑って悪いことをした。すまない。

704mile地点にあるKennedy Meadows Campgrond

始めはてっきりここでキャンプをして過ごすものと思っていた。店の裏にあんないい場所があるとは思わなかった。

ここは普通のオートキャンプ場で車を乗り入れることができる。

広大なキャンプ場であちこち停められている車が見える。ハイカーにはオートキャンプ場は合わない。(料金、騒がしさ)

707mile地点のS Fork of Kern Riverにやって来た。なんと、増水している!Kennedy Meadows入り前日に見た川のようすは間違いじゃなかったんだ!

雪解け水で増水している川。明らかにおかしい。

本日はトレイル復帰1日目ということもあってのんびり歩いて17時前に早めにキャンプすることにした。1晩寝ただけでは蓄積された疲労はとれない。

Kennedy Meadowsからはツエルトで泊まることにした。Sierraはまだまだ寒い。これまでのようにカウボーイキャンプだと寒くて体力が消耗してしまう。

ベアキャニスターはツエルトから100mほど離した茂みのそばにおいておいた。クマが出て来るんではないかとドキドキしていた。

私が寝たころ、3組のハイカーがやって来てテントを張った。焚き火をしながら食事をしていた。せっかくベアキャニスターを離したのに、全く意味がなくなってしまった。人のどうでもいい話し声を聞くのは嫌だったので、耳栓をしてサッサと眠った。

データ
歩行距離 8mile
 
食事内容

朝食  マルチャン×2
昼食  ダブルチーズバーガー×1、バナナ×1、アイスクリーム×1
夕食  パンケーキ×1、お菓子×1
 

PCT38日目 6月3日 
710mile付近から736mile地点まで

5時起床、5時30分出発。あとからやって来たハイカーを起こさないようにこっそり出てきた。
カウボーイキャンプと違って撤収するのに時間がかかる。だいたい倍くらいの時間がかかる。

広大な湿地帯にやって来た。非常に開放的な景色が広がっている。

South Fork Kern Riverに架かる橋。丈夫なスチール製となっている。
8時30分を過ぎたところだから、そろそろ朝食にするか。

川で水を汲んで朝食を作る。マルチャンが主食だ。文句あるか!!

川のそばにはまだテントを張って寛いでいるハイカーがいた。

ボリュームを増やすためにツナをトッピング。よっ、この贅沢者め!

袋入りツナはタンパク質豊富であとのゴミが嵩張らないのがいい。多少重たいが得られるパワーは多い。

芝桜のような花

赤いきのこのようなものが出ていた。これも度々見かけた。

立ち枯れした巨木。松くい虫にヤラれたのだろうか?

次第に残雪が現れる。まだこれくらいは想定内だと余裕でいた。

遠くに見える雪を被った山々

樹林帯で道に迷ってタイムロスした。道を間違えて全然違う方に下りていきそうになった。地図と地形を何度も見比べてトレイルに復帰した。紙の地図は1:31,680で細かい地形が読みづらい。

カッコイイ岩山

午前中は全然ハイカーに会わなかったのに、午後からはやたらとハイカーが多かった。先行していたハイカーに追いついてしまったようだった。まだ浮ついた調子の抜けないハイカーが多くて凄く嫌だった。

凄く捻れている木。幹の強度を出すために進化したのか?

スッキリした青空が広がっている。雨の心配は全くなし。

雪解け水を汲んで夕食を作ることにした。

ガスストーブを使っていたところ、ガスカートリッジとストーブの接続部からガスが漏れて火だるまとなった。少し前ガスの出が悪く火力が低いままでおかしいなと思っていた時だった。
コッヘルを下ろしバルブを閉めても火が消えないので、思いっきり息を吹きかけて火を消した。長年、車中泊でエアマットを膨らませて鍛えた肺活量が物を言った。

ガス漏れの原因はネジの締め方が悪かったと思われる。締めすぎてOリングを傷めないように若干緩めに締め付けていた。それまで使っていたJETBOILのガスカートリッジはネジを締め込むとピタリとフィットしていたが、MSRは取り付けが少し歪んでいたような気がする。

とにかく大事に至らなくて良かった。

このガス漏れ事故があったし、Mt.Whitneyに登るために食料を多めにもっておきたかったため、次のLone Pineに下りることにした。

翌日に備えて頑張って20時くらいまで歩いてフラットな峠のところでキャンプした。

絶好のキャンプ地で周囲にハイカーがたくさんいた。

データ
歩行距離 26mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  マルチャン×2、ツナ×1
行動食 パワーバー×1
昼食  マルチャン×2
夕食  マルチャン×2、スパム×1

 

PCT39日目 6月4日 
736mile付近からLone Pineで補給し747mile付近まで

5時半起床、5時50分出発。

疲れていたためか、少し寝坊する。こういう時、時間を取り戻そうとスピードを上げて歩くと途中でバテる。同じ歩くなら普段と同じスピードで時間を歩いた方がいい。

今日はLone Pineまで行って補給するので早めに登山口まで下りておきたかった。
補給よりも心配だったのは前日事故を起こしたガスバーナーのことだった。アウトドアショップで見てもらってダメだったら、新しい物をかうか、バウンスボックスに入れたMSRのMicro Rocket Stoveを取りにIndependenceの町までゆくつもりでいた。

お腹が空いたので、トレイルを離れて湖畔に下りてきた。地図には載っていない雪解け時にできる湖のようす。

溜まっている水のため、茶色に濁っていた。味は泥臭くて美味しくない。オタマジャクシが繁殖していて水を汲むとプラティパスの中に入ってしまう。

トレイルから離れたため、クマが出ないかドキドキして食事をしているところ。クマが出てきたらベアキャニスターのフタを締めてクマを睨みつけようと思っていた。

何事もなく朝食を食べることができた。

9時50分ころ 745mile地点のMulkey Passに到着。
もう一つ向こうのTrail Passから下りようと思っていたが、地図を見るとMulkey Passから下りた方が道が分かりやすそうだったので、ここから下りることに決めた。

北側斜面のため雪が残っていたが、雪解け水に沿って点々と足跡が残っていた。水の流れる方向に下っていった。

40分ほどで下のHorseshoe Meadowに到着した。付近のキャンプ場までのアクセス道路が最近になって開通したとのことでヒッチハイクするのはそう難しくないと考えていた。

Lone Pineへ通じる道路でヒッチハイクを開始。しかし、下りてゆく車は僅かしかいない。下から登って来る車だってほんの少しだ。自分はかなり楽観的だったことが分かった。

数少ない車に向かって親指をたてていると、1台目のピックアップトラックが減速して窓が開いた。載せてくれるにしてはスピードが速いなと思っていると、ドライバーから「I can’t!」と言われる。載せてくれないんだったらとっとと行け!なぜスピードを落としてまで声を掛けなければならないのか理解出来なかった。その後やって来た車は無視して走り去る。どうせ載せてくれないんだったら、そのまま行ってくれた方がいい。

1時間ほどしたころ、下から登ってきた車に声を掛けられる。「10分したら戻ってくるから、もう少し待っていてくれ!」と言い残し走り去る。待つ時間がどれほど長かったことだろうか。しばらくするとハイカー3人を載せた車が下りてきて約束通り載せてくれた。

ヒッチハイクがダメなら歩けばいいやと思っていたが、直ぐに間違いだったことが分かる。険しい急な山岳路の遥か遠くに麓が見えた。こんな道歩いていたら1日掛かってしまう。

眼下に見えるのはLone Pineの町

砂漠の中にポツンとあるような町。せっかく車に載せて貰ったのに気分が悪かったのは、同乗していた女ハイカーが私のことを露骨に嫌っていたこと。言葉が通じなくてもそれくらいは分かる。少しでも離れようと必死に体を背けていた。車に載っている間、他のハイカーとの会話は全くなし。私の方から話しかけるような雰囲気じゃなかった。

Lone Pine 745mile地点 20mileヒッチ

Sierraの麓の町。旅行者が多い印象。アメリカ本土最高峰Mt.Whitneyの登山基地でもある。
周囲は見渡す限りの荒野が広がっている。

小一時間ほど車に載ってLone Pineの町に下りてきた。車を下りる時に他のハイカーがお金を渡すのが見えたので、私も払うことにした。遠目で見たところ、5$札2枚だったので、お礼を言って10$支払った。4人のハイカーから10$ずつ貰えば、ガソリン代とコーヒー代くらいは出るだろう。

ムカつくハイカー達とはさっさと別れてアウトドアショップに向かうことにした。

町の中心部にある「Elevation Sierra Adventure」というアウトドアショップ。
早速中に入って例のガスストーブを見てもらう。すると、「中のOリングが捻れているよ!」と直してもらった。新品のボンベでガス圧が高く捻れてしまったようす。

これまではなんともなかったが、MSRのガスボンベに変えてから変になった。ネジ山の不良だろうということで結論づけた。ガスストーブに異常がなくて本当に良かった。

店長さんの奥さんと娘さんが2016年に東京に行ったついでに富士山を登ったらしい。娘さんがかなりの日本好きということだった。こうしたフレンドリーな人に会うと、それまでの嫌なことが吹き飛んで気分が良くなる。

店先のスノーボートのベンチ

店の中で店長さんとスマホを使って会話している時、スペイン語圏のハイカーがやって来た。彼も英語がほとんど喋れなかったようで、片言の英語でガスボンベくださいと言っていた。

PCTを歩いたなかで、英語が喋れないハイカーと会ったのは、このハイカーと南に向いて歩いていた時に会った日本人ハイカーの2人だけだった。英語を話せないのは大きなハンデだが、スマホがあればなんとかなる。

お腹が空いたのでレストランで食事することにした。
選んだ店は、すぐ近くのMt.Whitney。そのまんま山の名前。日本でもこういうお店はある。

ハンバーグ、焼きとうもろこし、マッシュポテト、野菜サラダ。全部で19.4$。
チップ込みで21.4$だった。

本当はビッグなステーキを食べたかったのだが、高かったのでハンバーグにした。これにご飯が付くと最高なのだが。

町にたった一軒のスーパーに行ってみると、なんとマルチャンが全て売り切れ。店員にいつ入って来るか聞いてみると、来週に入るかもということだった。ツナはあるが缶詰ばかり。全然ハイカー向けの食料を置いていない店だった。

町で1泊しようか迷ったが、その日のうちにトレイルに戻ることにした。運良くヒッチが成功したこともある。

どこまでも続く道。山際まではこのようなフラットな道が続く。

Adamとお別れ。すんなりヒッチハイクに成功したのは、彼のお陰。彼はパラグライダーで麓に下りて車まで戻ってくるところだった。1回のフライトで50mileも飛ぶんだそうだ。崖の上から彼の車に乗り換え、終点のキャンプ場まで送って貰った。お金を渡そうとすると、「My Friend、お金は要らないぜ!」と拒否された。ナイスな野郎だった。

キャンプ場の駐車場に設置されたベアボックス。クマから食料を守り、寝ているテントに近づけさせないためのもの。

時間は17時30分ころ。まさか日のあるうちに辿り着けるとは思いもしなかった。町に下りるハイカーの姿は全くなし。

さて、下りてきた峠に戻るとしようか。

雪解け水を遡って峠に戻る。水量が少ないため渡渉なしで戻ることができた。

18時半ころ、トレイルに復帰し先に進む。Trail Peakの山陰に入ると残雪が多く残っていた。今日は補給を済ませただけでヨシとして、早めにねぐらを探すことにした。

斜面を歩いている時、下の方にフラットな地面を見つけたので、行ってみることにした。
途中で滑って滑落してケツを打ってたどり着いた。

山の斜面で見つけた貴重な平地に一目惚れして、ここでキャンプすることにした。雪の上だと寒くて仕方ない。エアマットを持たないため、余計に場所選びは慎重にする必要がある。何はともあれねぐらが見付かって良かった。

データ
歩行距離 11mile
 
食事内容

寝起  パワーバー×1
朝食  マルチャン×2
行動食 パワーバー×1
昼食  ハンバーグ、野菜サラダ、マッシュポテト、フライドチキン×1、チーズ×1、フルーツジュース×1
夕食  パン?

 
 

PCT40日目 6月5日 
747mile付近から766mile付近まで

5時20分起床、5時45分出発。油っぽい棒状の揚げパンをかじる。どうも口に合わない。
ベアキャニスターに入り切らない食べ物をバックパックに入れて足元に置いて眠ったので、内心クマが来ないかドキドキだった。

何事もなく夜が明けた。

Pison Meadowという湿地帯。全て雪に覆われている。ちょうど太陽が昇ってきたところで朝日を浴びて温まる。

7時30分過ぎ CottonwoodPassに到着

ちょうどトレイルがU字型になるところで、雪が積もっているためショートカットが可能だったが、わざわざCottonwoodPassに寄ってみた。写真が撮りたかったこともある。

CottonwoodPassからの景色。眼下にHorseshoe Meadowが広がっている。

朝食にLone Pineで買ったタイ風ラーメンを食べることにした。マルチャに比べて高かったけど、他に食べるものがなかった。

タイ風ラーメンは春雨風の麺に甘辛のスープの素が付いている。確かこれで1$以上はした気がする。レシートを見れば明らかになるが、いちいちそんな細かいこと書いていられるか!

味は悪くない。ツルンとした喉越しで食べやすい。ただ、消化がよく腹持ちが悪いのが難点だった。2つ食べたのに全然食べた気がしない。

雪解け水でできたCreekを渡る。これくらいは全然大したことはなかった。

CottonwoodPassを過ぎてから、急に残雪の量が多くなる。樹林帯のフラットなところで、現在位置が分からなくなりウロウロした。

地面が露出している日向で休憩する。ベアキャニスターの上に載っているのは木の枝ではなく、これが噂の揚げパン。脂っぽくて全然旨くない。油っぽいのに食べてもお腹が満足しない。どうしようもないパンだった。

起伏のない地形で樹林帯の中は方向感覚を狂わせる。地図を見ながら歩いても全然分からない。踏み跡はあるが、雪解けでところどころ消えているし、バラバラの方向に向いているため全然参考にならない。

雪解けで地表全体に湿地帯のようになっている。もうどこを歩いても水濡れは回避できない。

Rock Creek

15時前、760mile地点のRock Creekに到着。早くもテントを張っているハイカーがいたので何事かとおもったが、Creekを渡れないため待機しているところだった。夜になって気温が下がると雪解け水が減るため、日の出直後の朝一番だと渡渉しやすくなる。翌日の朝一渡渉に賭けるハイカーたちだった。

ここが本格的な初めての渡渉となった。なんとか渡れる場所を探して突破することに成功した。

その後も分かりにくい地形が続く。
今こうして冷静になって地図をみると、それほど迷いそうには見えないが、現地で歩いている時は余裕がないため、訳が分からなくなってくる。緩んだ雪の上を歩いていると、時間の割に全然歩けなくて距離感がしだいに麻痺してくる。そいういうときに地図の読み違いが起こる。

Crabtree Meadow手前

時はすでに19時前となっている。まだ明るいが日が沈むと急激に冷えてくるため、早めにツエルトを設営して休みたい。

雪がなければ、なんでもない下り坂だが、雪があると急坂に見えるから不思議だ。
斜面を慎重に下っていった。

Crabtree Meadowに流れ込むWhitney Creek。流れは遅いが川幅が広くて深い。
下流にあった倒木を利用して渡渉を行った。

Mt.HitchcockとCrabtree Meadow

穏やかな水面に山陰が映っている。

Whitney Creekは流れが穏やかだが、かなり水深がある。泳がずに渡渉できるポイントを探したが、どこにも見当たらず。

明日のMt.Whitney登山のために、少しでも前進しておきたいところだが、急激に気温が下がってきていた。無理をせずに早めにねぐらを探すことにした。

結局、この日はWhitney Creekの側でツエルトを張ってキャンプした。

Lone Pineで食料の補給をしてきたところだったが、緩んだ雪で体力を消耗するためたくさん食べなければならず、ドンドンと食料が減っていく。Sierraに入って歩行距離が一気に減ったこともあり、面倒でも常に手持ちの食料のことを考えなければならなかった。

Mt.Whitneyに登りたいが、無事に登って戻って来られるか、目の前のWhitney Creekの激流の音を聞きながら眠れない夜を過ごしたのだった。

データ
歩行距離 19mile
 
食事内容

寝起  パン×いくつか
朝食  タイ風ラーメン×2
行動食 リッツ×1
昼食  タイ風ラーメン×2
行動食 リッツ×1
夕食  タイ風ラーメン×2

PCT41日目 6月6日 
766mile付近から775mile付近まで

05時20分起床

起きるとトレランシューズが凍っていた。

寝ながらMt.Whitneyに登るか登るまいかずっと悩んでいたが、朝のCreekの状況を見て中止することに決めた。Mt.Whitneyに登ったはいいが、戻って来れなくなるおそれがある。

準備をして06時出発する。Mt.Whitneyに登らない決断をすると、気持ちに余裕が出てきた。

朝日を浴びるMt.Whitney

またの機会に登ることにしようか。

樹林帯を進む。雪解け水であちこち泥濘んでいる。

太陽が昇り暖かくなってきたところで朝食にする。

夜露で濡れた装備品を立木に干して乾かす。ソーラーパネルも広げてモバイルバッテリーに充電する。

平原をゆく。目標物が地図に載っていなくて、どの方角に進めばいいのか非常に分かりにくかった。

9時半ころWallace Creekに到着。

川岸を歩いて渡りやすそうな場所を探したが、近くにはどこにも見当たらなかったため、そのままここから渡渉した。何度か体が浮くような感覚があり、危険な状態だった。

スイカ雪

その名もwatermelon snowと呼ばれている。これは藻の一種。血のように赤く染まっているため一瞬ドキッとする。ここで流血事件があったわけではない。このようなスイカ雪があちこちで見られた。

樹林帯は見通しが効かないため、現在地が分かりにくい。先行のハイカーの足跡は解けて消えてしまっている。

この日は道間違いを散々してしまって全然歩けなかった。

写真は道間違いをして全然違う場所を歩いているところ。1:31,680の小さな地形図だと本当に分かりにくい。Halfmileの地図は無雪期用だ。

目指すはPCT最高点のForester Pass。

Tyndall Creek

この時、すでに17時前となっていた。水量は多くないCreekだったが、慎重に渡渉をして体を乾かすことにした。Creekを渡って歩いていると、どこからともなくハイカーが現れた。話を聞くと、Forester Passに向かって歩いていたが、時すでに遅く雪が緩んでしまって歩くのが大変だったので、途中で引き返して近くの森でキャンプしているという。

疲れていたこともあり、私も近くの森の中でキャンプすることにした。

露出している地面を見つけてツエルトを張った。水が少なかったので渡渉したCreekまで行き水を汲んできた。

道迷いばかりしていて本日は僅か9mileしか歩けなかった。このことが私を非常に心細くさせていた。ご飯を済ませると焚き火をすることにした。

焚付に使用済みの地図を使用して火を起こした。落ちている松ぼっくりや枝はよく乾燥していてあっという間に炎に包まれた。勢いよく燃えている焚き火をみていると、何だか元気が出てきた。

地図を燃やしてしまってから、引き返せなくなったことに気が付いた。やってしまったものは仕方がない。翌日何が何でもForester Passを越えなければならなくなった。

ベアキャニスターに座りながら明日のことを考える。果たして明日Forester Passを越えてゆくことができるだろうかと。非常に心細い夜を過ごすことになった。

データ
歩行距離 9mile
 
食事内容

寝起  クリフバー×1
朝食  マルチャン×2
行動食 チョコレート×1
昼食  タイ風ラーメン×2
夕食  ???

 

PCT42日目 6月7日 
775mile付近からKearsargePassを越えてIndependenceまで

05時起床 はれ

昨夜、森の中で泊まっていたハイカーたちが狼のような遠吠えをしていた。心細い夜だったが、意外に人がいるんだなと慰められた。

今日は勝負の時、何が何でもForester Passは越えなければならない。地図を燃やしてしまって後戻りできない以上、食料が尽きる前に町に下りなければならない。食料が尽きるのが先か、町に下りるのが先か。凍ったツエルトを撤収して5時半に出発する。

地図とコンパスを頼りに雪の斜面を登ってゆく。他のハイカーたちは夜明け前に出発したようで姿は見えない。

Forester Pass手前

Forester Passのハッキリした場所が分からないため、だいたいの方向に進む。
ちょうど一人、私を抜いていったハイカーがまっすぐに私の目指す方向を進んで行ったのを見てホッとする。

登ってきた斜面を振り返る。本格的な登りになるところで、チェーンで作った自作アイゼンを装着する。

峠付近

急斜面に作られた道。日当たりがよく地面が露出していたため、楽に通過することができた。上部はかなりの急斜面のため、雪に覆われていると難易度が高くなる。ピッケルと前爪付きのアイゼンを装着していないと危険と思われる。

峠直前の雪の斜面のトラバース

しっかりとした踏み跡が付いていたため歩きやすかった。

トラバース中に下を見下ろす

滑落したら助かりそうにない。南無阿弥陀仏。

08時30分 Forester Pass到着

歩いている最中はほとんどハイカーを見かけなかったのに、峠までやってくるとたくさんのハイカーがいた。雪が緩む前に登ってきたハイカーの集団のようだった。昨日無理をせずに手前の森で泊まっていて正解だった。峠手前は吹きっさらしの雪原で風を遮るものはなかった。

そこら辺にいたハイカーにお願いして記念撮影をする。昨日、9mileしか歩けなかったことが嘘のように思えた。この調子なら食料が尽きる前に町まで下りれると確信した時だった。

Sequoia National Park

Forester Pass(Elevation 13,200ft)約4,000m
言わずと知れたPCT最高点。私の最高点富士山3,776mを軽く突破した。

峠から登ってきた南方を望む。よくここまで歩いて来たもんだ。

あいにくMt.Whitneyの姿は見えない。

こちらが進行方向の北方。南側と違って傾斜が緩やかでホッとした。さあて、長居せずに先に進もうか。Forester Passまで来ただけでは気を抜けない。

北側斜面を下ってゆく。雪が緩んで来る前に少しでも距離を稼いでおきたい。

Forester Passを振り返る。下りはあっという間に下りてきてしまう。
もうこんなにも下りてきてしまった。

緩やかな台地状のところまで下りてきた。このあと、ショートカットして雪の急斜面を降る。遠目で見るとそれほどキツイ斜面には見えなかったが、実際に行ってみるとかなりの急斜面だったが、時すでに遅し。慎重に下って行った。

これが自作のチェーンアイゼン。ないよりマシな程度のグリップ力しかないが、付けると不思議と余裕が出てくる。精神安定剤的な要素が強い。怖がってへっぴり腰で歩くと滑りやすくてかなり危険。

こんばんは。からあげです。 美味しそうな鳥の手羽先。 昨日も買い物ついでについ買ってしまった。 最近、鶏肉を見ると無性に食...

随分と下まで下りてきた。もうここまで来れば一安心。さあ、雪が緩み始めて来たぞ。とっとと進もう。

樹林帯に入ると雪解け水で出来た無数のCreekが現れた。落ちないようにスノーブリッジを渡ってクリアしていった。

木陰でクランキーバーを食べる。すでに日差しが厳しくなってきた。クリフバーと違ってパワーが出ないが、食べないよりマシ。
雪が緩んできたため、朝飯は抜きで行動食を食べながら少しでも歩く。

788mile地点でトレイルから離れ、サイドトレイルを歩いてKearsarge Passを越えてIndependenceの町に下りる。すでに昼を過ぎて雪が緩んでいて、足を沈めながらの厳しい歩行となっていた。

地図とコンパスで進むべき方向を確認する。途中、氷の張った湖を交わしてゆくため、方向を間違わないように確認した。

Kearsarge Passの手前までやって来た。ハッキリした場所が分からないため、だいたいの方向に進んでゆく。上部は雪が解けて地面が露出していたため、雪の斜面を必死になって登って行ってなんとかトレイルに辿り着いた。

緩んだ雪の登りは体力を確実に奪ってゆく。

15時40分 Kearsarge Pass着

Forester Passにはハイカーはたくさんいたのに、途中でみなどこかに行ってしまった。雪が緩んだため、早々と歩くのを止めて引っ込んでしまった。アメリカ人は体が大きくて重いため、緩んだ雪上を歩くと体力を激しく消耗するらしい。人気のない峠で体を休める。

峠から南方の岩山を見上げる。

峠からの下山コース

谷に沿ってまっすぐ下りてゆけば、登山口のOnionValleyにたどり着く。果たして車はいるだろうか?今日中に下りることができるかもという希望が湧いてくると、俄然体が元気になってきた。緩んだ雪で消耗している場合じゃない!

峠の上部を過ぎると徐々に傾斜が緩やかになってきた。下りは緩んだ雪の方が歩きやすく、テンポよく下ってゆく。

ハイペースで下ってゆく。徐々に雪が消えて地面の露出が多くなってきた。地面より雪の上の方が歩きやすいため、雪の上をライン取りして下っていった。

登山口手前で急なガレ場に出てしまう。ゴツゴツした大きな石は足を載せるとグラつくため、その度にバランスを崩して何度も転びそうになる。脆い斜面ではスリップして数メートル滑落した。

登山口近くまで下ってくると、駐車場に数台の車がいてたくさんのハイカーが乗り込むようすがみえたので、ついでに車に載せて貰おうとトレランを開始した。それまでは膝がガクガクしてきていたのに、自然と走り出していた。
駐車場に着くと、ハイカーたちが乗り込んでいた車のドライバーに声を掛けた。私はてっきりトレイルエンジェルがPCTハイカーたちを迎えに来ていたものと思っていたが、乗り込んでいたハイカーたちは中学校の生徒だった。

中学生と先生たちは疲れてボロボロだった私を快く迎えてくれた。この時、17時30分ころ。なんとKearsarge Passから2時間も経たないうちに下りてきてしまった。今日は登山口でのキャンプになるだろうと半ば諦めていたのに奇跡が起こった。

Independence 788.9mile地点 7.5mile歩き+13mileヒッチ

Sierraの麓の小さな町。ちいさなコンビニが数軒あるのみ。最低限の補給しか出来ないため、隣町のBishopまで行くハイカーが多い。

載せてくれたキャンピングカー

教師2名のうちの一人は岩国の米軍基地で教官をしていたそうな。筋骨たくましく、いかにも鬼軍曹といった感じだった。私が日本から来たと言うと、非常にフレンドリーに接してくれた。麓のIndependenceの郵便局で下ろしてもらうと、車が見えなくなるまで手を振っていた。

Independenceの町にやって来た私はまずはレストランで食事をすることにした。お腹がペコペコで力が出ない。大通り沿いに歩いてゆくと一軒のレストランを見つけた。

レストランの中

先日のLone Pineからそれほど時間が経っていないにも関わらず、久しぶりに文明社会に接しているような気がした。いつものようにハンバーガを注文する。

店内を歩き回る犬

食べ物をねだることもない大人しい犬だった。店主の飼い主にキチンとしつけられていたようす。ご褒美にポテトを幾つか上げた。

随分待ってようやくハンバーガーが出てきた。空腹は最高の調味料というのは本当だった。昨日、もう町に下りれないかもと弱気になっていた自分が不思議なくらいに元気だったこの時。ハンバーガーを食べている時が最高潮だった。
バーガーと炭酸水という食事でチップ込み25$を支払った。

町のコンビニでお菓子を買い込むと、町外れのキャンプ場に向かって歩き始めた。疲れている体にはキツかった。

20時前、キャンプ場までやって来ると、ハイカーたちの姿は全くなし。アメリカにある標準的なオートキャンプ場で、料金は1泊14$。トイレと水場があるだけで町からは遠い。しばらくゆっくり休むつもりでいたため、このキャンプ場に泊まることは止めにした。

結局、町に戻ってCourthouse Motelの中のホステルに泊まった。
ちょうどハイカーたちがバーガーパーティーをやっていて呼ばれた。この日、泊まっていたハイカーは約5名、何名かは次の日出発していった。

Courthouse Motel内のホステル

一泊 25$
洗濯 1回5$(洗濯から乾燥までしてくれるお得なサービス)
無料Wi-Fiあり(宿泊するハイカーが少ないためか高速)、荷物受け取りサービスあり(無料)、ハイカーボックスあり。

データ
歩行距離 13mile+7.5mile
 
食事内容

寝起  クリフバー×1
行動食 クリフバー×1
昼食  タイ風ラーメン×1、ツナ×1
行動食 チョコレート×1
夕食  ハンバーガー、お菓子、ジュース、その他

 

PCT43日目 6月8日 
Independenceにて休養日~地図を買いにBishopへ行く。

7時過ぎ起床

昨晩はハイカーたちのパーティーに参加していて寝るのが遅くなった。たまの夜更かしならいいだろう。起きるとまずは洗濯を行うことにした。ホテルの人に頼めば5$でやってもらえるが、自分のことは自分でしたい。おっさんは変なこだわりがある。

ペール缶に汚れた衣類を入れて足で踏んづけて洗う。洗剤は入れていないのに真っ黒に変色した。

洗濯をしていると、モーテルに宿泊しているおじさんが大きなトレーラーに乗って出かけるところだった。こんな大きなトレーラーを路駐してもオッケーなほど道幅が広い。アメリカではモーテルを住まいにしている人も多いのだとか。

洗濯水はそこら辺の植え込みにぶち撒ける。おっさんのだし入りで栄養満点だ!

そこら辺にロープを張って洗濯物を干す。天気がいいためすぐに乾く。

せっかくなので泊まっているホステルの紹介。

前日分に書いたようにここCourthouse Motelはホステルもやっていて1泊25$というリーズナブルな料金で宿泊することができる。ホテルの人はハイカーフレンドリー。

モーテル全景

こちらがメインのモーテル。駐車場とセットになったホテル。アメリカではこうしたモーテルが一般的。

狭い通路を抜けて奥に入ると、ホステルスペースになっている。主にPCTハイカーが泊まっている。Independenceの町は小さなコンビニしかなくて十分な補給ができないため、このホステルに宿泊するハイカーは少ない。

こちらがキャンプファイヤースペース。

休憩スペースを抜けて一番奥にある建物がホステル。2階建ての建物でかなりボロっちい作り。
25$で泊まれるので文句は言わない。

屋根に突き出たものがクーラーの室外機。何かの拍子にポキリと折れそうな感じがする。常時フル回転で唸り声を上げている。

ホステル入口

モルタルの壁が剥がれているのは味。よく見ると単に工事中のようだ。暇な時間を見つけてコツコツやっているようす。

中に入るとキッチンスペースとなっている。冷蔵庫の奥に階段がある。

入ってすぐ左にバスルームあり。トイレとシャワールームが一緒になっている。

それほど清潔とは言えないが、温水シャワーが出るだけでも有り難い。Hiker Heavenぶりにシャワーを浴びると、辺り一面真っ黒な汚れた水が飛び散った。どんだけ汚れていたのか。

入って右側の奥がベッドルーム。中には2段ベッドが3つ設置されていた。2階にもあるが上っていないので詳細は不明。

こうした相部屋で寝泊まりすると、他のハイカーから情報が得られるのがいい。

決して寝心地のいいベッドとは言えないが、普段野宿しているハイカーはこれで十分。ベッドだとかえって眠れなくなることがある。

荷物を出してゴソゴソと整理を始める。

先日、ガス漏れを起こしたSOTOのマイクロレギュレーターストーブ ウインドマスター。
Oリングにワセリンを塗っておく。

荷物の片付けを終えると、隣町のBishopまで地図を買いにゆくことにした。フレンドリーなハイカーに役立つ地図があると教えて貰った。手持ちの地図だけでは雪に埋もれたトレイルを歩くのは心もとない。

Independenceの町でのヒッチハイクはかなり手こずったが、1時間以上かけてなんとか成功した。載せてくれたのは、日系3世のアイハラさんというおばさんだった。私が日本人だったので載せる気になったそうだ。アメリカ滞在中、今回のように日系人にも助けられたことが多かった。日本語は喋れないことが多いが、とてもよくしてくれた。

Bishop Independenceから40mile

Sierra麓の大きな町

アウトドア用品店とスーパーがあり何でも揃う。安価なホステルもありハイカーに人気の町。ただIndependenceから遠いのが難点。行き帰りに時間がかかるため、連泊するのが定番なようす。

40分ほど車に乗ってBishopまでやってきた。Independenceはただの通過点のような町だが、ここBishopは街道沿いにお店が立ち並び非常に賑やかだ。

何はともあれレストランへ。肉が食いたいのでBBQとデカデカと表示された看板のお店にやって来た。

ちょうどランチ時でかなり待つことになった。黒板に書かれたメニューを見て一番高いやつを頼む。

それでやって来たのがコレ。チップ込みで約22$。ドリンクはビッグサイズを注文。

店員さんに「お前チビだが、よく食うな!」みたいなことを言われる。見てろ、これがJapanese Hikerの食べ方だ!

おいしいスペアリブ。もう少しボリュームが欲しかった。

あっという間に平らげてしまった。これだけ食べたのにまだ全然満足していない。

その後、アウトドアショップで地図とガスボンベ中を手に入れて町をブラブラと歩いていると、向こうから見慣れたハイカーがやって来た。
Brown、Forester、Crushの三人組だ!以前もう一人いたのだが、いつの間にかいなくなっていた。(PCTではよくあること。気軽に付いたり離れたりする。)

再会の挨拶をしたあと、あれこれ話をしている時、3人組にトレイルネームをおねだりしてみた。ハイキング中、ハイカー同士は本名ではなく、トレイルネームというあだ名で呼びあうのだが、私は歩きはじめて1月以上経っているのにトレイルネームがなかった。名前を聞かれて本名を名乗るのは正直恥ずかしかった。

貰った名前は「Tokyo Joe」。詳しい理由が分からないが、東京には住んでいないのにTokyoが付いた。貰った当時はそれほどでもなかったが、時が経つにつれて自分に馴染んできているような気がしたし、語感の響きが良くて気に入ってきた。

3人組としばしの会話をしたあとは再び一人に戻りスーパーで買物をする。ヒッチハイクはすぐに成功するとは限らないので、早めに帰り支度をする。帰る前にスーパーで買物。暗くなるまでにはヒッチハイクを成功させてIndependenceまで戻っておきたい。

TOYOTAのTACOMA

アメリカでは中型のピックアップトラック。アメリカでかなりの人気がある。

ステッカー屋さん

あれこれデザインに凝ったステッカーが貼られている。

帰りのヒッチは途中のBig Pineまで成功した。ガソリンスタンドで下ろして貰った時、記念撮影した。ドライバーはカメラが趣味で日本製のCanonのデジタル一眼カメラを持っていた。普段は載せないらしいが、今日に限って載せる気になったと言っていた。

私が拙い英語を一生懸命話すと、「あんたの発音センスがあるよ。十分分かる。」と励ましてくれた。

2回目のヒッチではIndependenceに住むおばあさんのCarolに載せてもらう。
この人にも凄く良くしてくれて、あれこれ食べ物をご馳走になったり、町の観光案内までしてくれたりした。

日本帰国後、約束通りCarolにポストカードを送っておいた。彼女との出会いも懐かしい思い出の1つ。

多くの残雪に苦しめられ毎日厳しいハイキングを強いられていたおよそ5ヶ月前。私はSierra山中を彷徨いながらも、なんとかKearsarge ...

フライドチキン、ナッツ類のスープなどを頂いた。昼に食べた肉の腹持ちが多く食べきれなかったので、持ち帰り用の箱に入れて翌日食べた。

購入したJMTの地図とスマホにインストールしたPCT用の地図アプリ「Guthook」を入れて一先ずSierraの不安はなくなった。

これまで1:31,680のHalfmileの地図を使っていたが、目標物の少ない場所では非常に分かりづらかった。特に地図アプリ「Guthook」には凄く助けられた。

データ
歩行距離 0mile
 
食事内容

朝食  お菓子、パン
昼食  レストランで食事、お菓子、ジュース
夕食  コンビニ内で食事(Carolと一緒)、お菓子

Sierraの玄関口、Kennedy Meadowsで準備を整えると意気揚々とSierraに向かって歩きはじめました。途中までは雪がほとんどなくて良かったのですが、Cottonwood Passを越えたあたりから雪深くなりました。毎日寒さと空腹、緩んだ雪に苦しめられて、命からがら麓のIndependenceの町に辿り着きました。
 

PCT44日目 6月9日 
Independenceにて休養2日目~バウンスホックスの発送と観光

休養日2日目

7時頃起きて朝食を食べる。いつも早寝早起きの規則正しい生活をしているため、朝になると自然に目が覚める。同室のハイカー2人はトレイルに戻っていった。なんでも2ZERO(2日の休養)をとるのは珍しいらしい。

まずは昨日Carolにご馳走になった食べ物の残りを食べる。骨なしフライドチキンが美味すぎる!

荷物を片付けと装備の点検を行う。Sierraに入って使い始めたばかりのツエルトだが、傷みがないか細かくチェックする。ヨシ、問題なし!

不要品はハイカーボックスにに入れて処分し、トレイルで必要ないものはバウンスボックスに入れて先の町に発送する。今回は一気に1092.3mile地点のSouth Lake Tahoeまで送る。細かく刻むのはいつでも荷物を取り出せる安心感があるが、バウンスボックスを転送するためにわざわざPost Officeに行かねばならない。日曜祝日は休み、土曜日はやっていても時短営業のところが多くバウンスボックスに足止めされかねない。

近所の郵便局までバウンスボックスを出したあとホステルまで戻ってくると、ベッドの上にジップロックに入れた大量の地図を発見。すぐに引き返して地図を入れてくれるようにお願いすると、裏蓋を開けて中にねじ込んでくれた。

ベアキャニスターに食料を詰める。相変わらず主食はマルチャン。嵩張るため強引に押し込んだ。するとバリバリとマルチャンの悲鳴のような音が聞こえた。

Bishopのスーパーで買った肉の塊。何でもいい肉が食いたかった。体がタンパク質を欲していた。体が欲しがるものをたくさん食べた。

とうもろこしを茹でているところ。

ガスコンロが故障中で使えなかったので、自分のガスストーブを使った。ガスはバウンスボックス内の中途半端なガスボンベを使用。

お腹が膨れたので町に観光に繰り出す。

やって来たのはモーテル近くのINYO郡庁舎。図書館の標識に釣られてやって来た。青空に映えるクリーム色の建物。

INYO County Courthose

ここはINYOという郡の庁舎らしい。モーテルの名前がCourthoseだった。重厚な作りのドアだ。

図書館は地下一階にあった。広い通路の一番奥右手だった。

中に入るとぎっしりと本や雑誌が詰まっている。これを見て本の虫が騒ぎ始める。

どこもかしこも本だらけ。本の中に埋もれるようにして図書館司書が仕事をしている。

通路には無造作に段ボール箱に入れられた本が置いてある。本棚がいっぱいで入り切らないらしい。

椅子の上にも本が置かれている。

そしてテーブルの上も本がいっぱい。本をかき分けて椅子に座るシステム。

なんとこの図書館では未だに図書カードで貸出を管理していた。コンピューターがあるのになぜなのか?

大統領がトランプさんに変わりあまり評判のよくないアメリカだが、田舎町のようすをみる限りなんとなくアメリカは大丈夫な気がした。

引き出しを開けると図書カードがびっしり。

地下通路を歩いていた時、おばちゃんが通路で何やら紙に書いて本をチェックしているところだった。どこからか貰い受けた本らしい。今でも本が入り切らないのに、箱に入った本を入れたら、人間が入れない図書館となってしまうだろう。

英語を解読するのに時間がかかりすぎるので、図書館の雰囲気を堪能しただけで満足して他にゆくことにした。

通路には歴代の役人の写真が飾ってあった。おや?あれは何だ?

なんと公衆電話ボックスが不要品入れになっていた。
大雑把なアメリカ人ならでは。

庁舎玄関からの景色

素晴らしいSierraの山並みが見える。雲ひとつない青空が広がっている。

町の教会

非常に小奇麗な建物。よくメンテナンスされている。

Carolに教えて貰った町の博物館にやって来た。

ようし、早速見学するか。

Horman Clyde

昔Sierraに分け入り活動していた伝説の人。この地域では有名な人らしい。

Horman Clydeが使っていたレトロな道具が展示されている。

実物を見たのは初めて。非常に味のあるタイプライター。

日本のゆかりの品も展示されていた。戦前、Independenceの町にも日本人が住んでいたらしい。戦争が始まるとどうなったのか?解説はされていなかった。

日本人が使っていたタンスもあった。

インディアンが使っていた品々

館内は無料で見学できる。

出入り口に募金箱が設置されていたので、気持ちの1$を投入した。
中には1,000,000$という本物かおもちゃかよく分からないお札が入っていた。

屋外展示もあったので見学することにした。外はざっと置かれているような感じ。

サビサビの農機具。フロントにボイラーらしきものが乗っている。これは蒸気機関か?

ルパンの車のようになってしまった壊れた車。

あちこちからサボテンが自生していた。

小屋もあったが、入口は鍵が掛けられていて中には入れず。変な人間が棲みついてしまわないようにするためか。

博物館の裏手では蒸気機関車の搬入作業が行われていた。巨大なトレーラーから蒸気機関車を下ろしたところだった。

町の水路には街路樹が枯れないように水が流されている。単に重機で掘っただけの溝。

町をブラブラと歩く。本当に何もない。

Maryなんとかという人の生家。可愛らしい家だった。鍵を掛けられていて中には入れず。

電柱は木製。雨が滅多に降らないので、木製でも長持ちするようだ。

広大な芝生の庭

アメリカ人は芝生の手入れには非常に熱心。隣近所と競うように青々とした芝生があちこちある。たぶん広大な青々とした芝生がステイタスなのだろう。

晩御飯は週末のみ開くというCOOPにやって来た。地元の有志がやっている有機栽培のレストランと売店。

中は広々。あちこちから賑やかな会話が聞こえてくる。ここで、一昨日レストランで会ったおじさんと会う。「よう、元気か?良かったらLone Pineまで送ってくぜ!」と声を掛けられる。アメリカ人は本当にフレンドリーな人が多い。

Cream Soda

クリーミーな泡立ちの炭酸飲料。香ばしくて美味かった。
グラスとボトルがキンキンに冷えていた。あまりの美味さにもう一本注文する。

注文した料理が出てきた。これは日替わりメニューの野菜サラダ。
アメリカでは野菜は高級品で味わってゆっくり食べた。

野菜スープ

メインディッシュがサンドイッチ。

パンがもちもちしているし、サンドされていた野菜は濃厚な味で美味かった。

最後はデザートが出てきた。さくらんぼのようなものと甘さ控えめのクッキー。

宿に戻ると、泊まっていたハイカーは全ていなくなっていて、代わりに新入りの若い二人組のハイカーが2階に入っているようだった。挨拶もなく2人でワイワイと騒ぐような奴らで延泊する気がまったく起きなかったため、予定通り明日トレイルに復帰することにした。登山口は行き止まりのキャンプ場で土日の朝方なら載せていってくれる車があると思った。Sierraのトレイル沿いの町は登山口から遠くてヒッチハイクが難しい。早めに戻っておきたかった。

データ
歩行距離 0mile
 
食事内容

朝食  フライドチキン
昼食  肉、茹でとうもろこし、お菓子
夕食  レストランで食事、お菓子

圏外でブログ更新が途絶えていた、Tehachapi~Independenceの間を簡単にまとめました。残雪が多いSierraは思いのほか大変で、幾度となく命の危険にさらされました。
Sierraの詳しい地図を手に入れるため、ロングヒッチをしてBishopの町に行きました。するとフレンドリーに接してくれていたハイカー達と偶然再開し、トレイルネームを頂きました。Tokyo Joe。響きがよく、日本人だと一発で分かる名前は非常に気に入っています。

 
つづく
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コメント

  1. 白山室堂御前荘 より:

    PCTは、
    雪山、激流、英語、外人と隊長は、よく戦ったよ!
    やはり、
    あと一年は、
    実家で財布の中身と肉体を再生させて、
    次の探検に向かわれるべきだと思います。

    隊長さん
    みちのくスルーハイクから比べると
    ガリガリすぎませんか?

    心配しています。

    • karaage より:

      アドバイスは要りません。

      と突っぱねることは私には出来ませんでした。

      はい。どうもありがとうございます。身にしみました。