おはようございます。からあげです。
今朝は冷え込んだが、昨日と打って変わってスカッと晴れて良い天気だ。
それで、いつもの朝トレに行ったんだけど、今日はコースを変えることにした。
いつも同じコースを走っていると刺激がなくなってつまらないので、途中からいつものコースを逸れ、去年走っていた水鳥の集まる公園に向かうことにした。
実家に戻った時、そこはたまに車で通るが、自らの足で走ると見える風景が違っていろいろな発見があって楽しい。
池のある公園に到着すると、合鴨やマガモなどの鳴き声がして朝から賑やかだ。
夜明け前の公園にも関わらず、近所の人たちが散歩したりジョギングしたりしている。
私も混ぜて貰って池の水鳥を眺めながら走り、時間を忘れて楽しく走ることが出来た。
いつものコースから脱線して別の道を行けば、ワクワクドキドキの連続を味わうことが出来る。
隣人に感謝
ところで、昨日読書中にふと思ったことを書いてみることにする。
私は、このような生活を始める1年数ヶ月前、当時の職場から車で1時間ほど離れた田舎町に住んでいた。
それまでは密集した市街地にある会社の寮だとか賃貸アパートに住んでいたんだけど、長年、隣近所の住民の生活音に煩わされていた。
ドアを閉める音だとか、人の大きな話し声、踵を落としてドカドカと歩き回る音、それにベランダで吸っているタバコの煙などなど、うんざりさせられることばかりだった。
まあ、家賃が安めのアパートに入居していたから、住人もそれなりで(自分を含めて)仕方の無いことだったかもしれない。
今思えば、そうした煩わしい思いをするのなら、もう少し家賃を奮発していれば、快適な賃貸ライフを送ることが出来たのにと思う。
こうして長年煩わされてきた近所の騒音から逃れる為に、私はお金と手間を掛けてまで、敢えて田舎に引越し、一戸建てに住むことにしたのだった。
その一戸建てはもちろん貸家で、古い農家の作りで隙間風が入ってくるものの、味わいがあって結構居心地が良かった。
問題はただ一点。一戸建てだったけど、その直ぐ隣にも貸家があってお隣さんが住んでいたこと。
そのお隣さんは害を及ぼすような人ではなかったため、引越してしばらくの間はたまの休みに田舎暮らしを存分に楽しむことが出来た。
ところが、そこに住み始めて1年半が過ぎたころ、その静かなお隣さんはどこかに出て行ってしまった。それから、隣の家は数ヶ月間空き家となっていたが、私が仕事長期に家を留守にしていた間に新たな入居者が入っていた。
引越しの挨拶はなかったので、しばらくは誰が住んでいるか分からなかったが、そのうち家の前で住人を見掛けて、どうやら外国人らしいということが分かった。
外国人を見た私は何やら嫌な予感がしたが、気にするのは良くないと思い、隣人のことを考えることはやめることにした。
その後、何ヶ月かは隣人は私に対して気を遣っていたかもしれない。
別に大した迷惑を被ること無く、快適に過ごすことが出来た。
ところがある時、長期の仕事を終えて家に戻るとある異変に気付いた。
どこからか響く大きな音楽。
そしてローダウンの趣味の悪い車が近くの空き地に停められていることに。
初めのうちは状況を掴めなかったけど、その後の観察で大音量の音楽は隣の家から流れていることが分かった。
その時私は、長い間留守にしていた私が帰宅したのに気付かずに、そのまま大きな音を流しているのかなと楽観的に解釈し、放っておくことにした。
ところが、次の日、突然大音量の音楽が流れ始めた。
そこで私は隣に行ってやんわりと注意すると、音量を下げてくれたのでホッと胸を撫で下ろした。
しかし、それで話は終わらなかった。
その後、同じようなことが何度も続き、私は徐々に怒りが抑えられないようになってゆき喧嘩腰で隣に行って注意するようになった。
そうするともはや穏やかな話し合いで解決するのは不可能となり、一発触発の険悪な関係となってしまった。
その他にも冬期、私が長期留守中に給湯器の配管が凍結して破裂し漏水し続け、翌月の水道代が8万円オーバーという、途方も無い金額を請求される事件が起こったりもした。
その給湯器の外部配管は、凍結防止対策で保温材が巻いてあったが、経年劣化と冷たい季節風に晒されたため破損してしまったのだ。
10日間ほど漏水が続き、メーターの検針に来た人が水道の元バルブを閉めてくれたものの、200立法メートル以上のも水が漏れ出てしまった。
幸い家の設備に欠陥があったとして、大家さんが高額な水道代金を全額支払ってくれたが、私は納得出来ずに、役場の水道局とやり取りをして無駄な足掻きをするのだった。
役人にどう理由を話そうとも、水道代を払えの一点張りでどうしようもない。
次第にその田舎のこと全てが嫌になっていった。
そして職場では、毎日機械のように長時間労働を強要され、荒んだ人間関係で追い打ちを掛けられて本当に参っていた。
この現状を打破するためには、仕事を辞めるしかないと考えるようになった。
だが仕事を辞めるのには勇気がいったので、とりあえずその準備段階としてその居心地の悪い一戸建てを引き払い、荷物をトランクルームに入れて、休み限定の車上生活を始めることにしたのだ。
でもまだその一戸建てに未練があるのか、私は大家さんに家賃の値下げを申し出てみたが、キッパリと断られて退去を決断するに至った。
大家さんには一月前以上に退去する旨の話をしてトランクルーム探しをしていたが、あっけないほどそれは直ぐに見つかった。
そこは実家の近くでしかも半額割引キャンペーンの期間中だった。
これにはびっくりしたが、もちろん喜んで直ぐに契約して引越しの準備をすることになった。
一戸建ては、12月末までの契約だったが、次の入居者が以前住んでいた場所から追い払われて困っているということを大家さんから聞いたので、私の退去前でも荷物を入れるのを許してあげていた。
次の入居者は外国人で訳ありの感じで、困っている感じがうかがえたので、予定を繰り上げ早めに退去することにした。
退去日は年の暮れも押し迫った12月25日のクリスマス。
この日から私は家無し人間となった。
今振り返ると、当時は随分と煩わし思いをしたが、今となっては感謝している。
隣人の迷惑行為が無ければ、引越しを考えなかったかもしれない。
そして職場が快適であったのなら、今の自由な生活を送ろうと考えることなどしなかったはずだ。
一戸建てを引き払い、トランクルームに荷物を入れたのは、会社に退職の意を伝えることのウォーミングアップだった。
あの多少無理な状況を、なんとかやり過ごせたからこそ、仕事を辞めて山林探しの旅に出ようと思うことが出来た。
あの時の環境が自分にとって快適なものであったなら、行動していなかったに違いない。
何か見えない力が働いていたとしか思えない。
ここまでのすべてが、ちょっとした軽い気持ちの変化で、そしてここまで大きな変化がもたらされることになった。
あの外国人は別におかしな人間だった訳ではなく、単に私と価値観が相違しただけ。
職場の同僚もいい人ばかりで、単に価値観が違っただけだった。
それなのに不満をつのらせて、しまいには怒りをぶつけて関係が悪化してしまった。
価値観が合わなかったことに感謝しないといけない。
このようなことを自然に思う。
本当に無理はしていない。
私に社会常識から抜け出す勇気を与えてくれて、そしてかけがえのない自由を得ることのキッカケとなってくれた人々に感謝したい。
どうもありがとう!
あなたたちと出会うことがなければ、私は決心出来なかった。
こんな気持が自分に湧き起こるなんて今でも信じられない。
今のテント生活もある程度不便だから、ちゃんとした山小屋を建てようと思うことが出来る。
しかし、快適過ぎる山小屋を建ててしまうと、引きこもりになってしまうかもしれないので、ここは心を鬼にして敢えて適当に山小屋を建てようと思う。
不便すぎず快適すぎない。
そんな山小屋だ。
今だから自信を持って言える。
仕事が趣味だと。
仕事が人生の目的だと。
今の私にはこの発言について、まったく後ろめたい気持ちがない。
コメント
>隣人の迷惑行為が無ければ、引越しを考えなかったかもしれない。
これですよね。災い転じて福となす。人生が快適すぎたら何も
生み出さない。不快なことは向こうから突然やってくる。
人生そのものが探検ですね。
自然環境の中で揉まれていると見方も変わるのかな
そこまで素直に思えることは凄いことだなと思いました
>人生は探検さん
当時は非常に腹立たしい思いをしましたが、今となっては非常に貴重な体験でした。
厄介事が降りかかってきたら、時には逃げることも必要だと分かりました。
>消費しないピノキオさん
見えない力は、自然から貰っているものかもしれません。
自然の中で暮らすようになって自分は変わったと思います。