アメリカ西海岸、MexicoからCanadaまで延びる全長約4,200km(2600mile)のトレイル、それがパシフィック・クレスト・トレイル(Pacific Crest Trail、通称PCT)だ。このPCTを1シーズンで全行程を踏破することをスルーハイクという。以前は、一部の超人しかなし得なかったスルーハイクも、軽量コンパクトな高性能な道具、しっかりと整備されたトレイル、トレイルエンジェルたちの支援などのお陰で、一般人でも可能となった。
ただそれでも、スルーハイクはかなり無理がある。California南部の乾燥地帯を抜けたハイカーたちに待ち受けているのは、アメリカ本土最高峰Mt.Whiteny(約4,400m)を擁するシエラネバダ山脈(Sierra Nevada、High Sierraとも言う)だ。3,000m級の険しい山々が連なる高山帯で、標高の高さから雪解けがかなり遅い。それでSierraの登山適期は、雪解けが終わる7月下旬ころから降雪までの9月半ばころまでとなっている。
それなら雪解けに合わせて、Sierraに入るのは7月半ば過ぎでいいのではないか?いやいや、そう簡単にはいかない。標高が2,000m級とSierraには及ばないが、Washington北部ともなると、高緯度のため9月末になると降雪のおそれがある。10月に入ればいつトレイルが雪に閉ざされてもおかしくない。そのため、例年Washington北部で降雪に見舞われて遭難騒ぎを起こすハイカーが後を絶たない。
Washington北部で雪に降られる前にゴールのCanadaまで行こうとすると、Sierraにはまだ雪解けが終わっていない6月中に入らなければならない。だが、残雪の多いSierra山中を歩くのは非常に危険な行為だ。
雪の急斜面の登下降、道迷い、緩んだ雪で体力消耗、増水したCreekの渡渉などが挙げられる。この中で一番問題になるのが渡渉。雪解け水で増水したCreekは刻一刻と状況が変わり、昨日通れたから今日通れるという保証は全くない。安全に渡れる倒木やスノーブリッジが消失してしまうかもしれないし、気温が急上昇して一気に水嵩が増して渡渉不可能となってしまうかもしれない。
Sierraの残雪時期は渡渉が危険なため、地元のハイカーでさえ敬遠する。この時期に歩いているのは、気が触れたとしか思えないPCTのスルーハイカーたちだけだ。稀に見かける週末ハイカーは、危険なCreekを避けて無難なルートを歩いていた。
渡渉時の詳細レポート
*日時は現地時間
今回、私はSierraの南の玄関口のKennedy Meadowsを6月2日に出発した。
Kennedy Meadows出発の適期は6月10日ころとされているが、私は8日前に出発してしまっている。この時、私はSierraの怖さを全く知らなかった。2017年は雪が多いと小耳に挟んだことはあるが、たいして気にも留めていなかった。
まあ、なんとかなるだろう。ここまで700mileを歩き、変な自信が付いていた。この自信も渡渉失敗の一因となったように思う。疲労が蓄積していたのに、Kennedy Meadowsで1晩泊まっただけで、先に進む決断をしてしまう。他には焦りがあった。絶対にスルーハイクを達成したいという気持ちがあった。このこだわりが一番良くなかった。
South Fork Kern Riverの橋(6月2日14時30分ころ)
Kennedy Meadowsを過ぎたところ707mile地点South Fork Kern Riverに架かる橋。
増水して水が茶色に濁っている。橋が架かっていたから渡れたものの、歩いて渡渉はできなかっただろう。なぜこれを見てSierraの危険を察知しなかったのだろう?今になって分かるが、これは明らかに経験不足だ。
South Fork Kern Riverの橋の手前(6月3日7時30分ころ)
見渡すかぎり雪はなく平原が広がっていた。前日Kennedy Meadows過ぎで見た増水したSouth Fork Kern Riverのことはすっかり忘れた。増水して水が濁り不穏な気配が漂っていたというのに。(前日と同じ川だと思わなかった。)Kennedy Meadowsに入る前日に雨が降ったから、その雨の影響だろうと安易に判断して不安を打ち消した。この頃には、すでに五感が敏感になっていたため、無意識のうちに不安を感じていたように思う。
South Fork Kern River(716mile地点)に架かる橋(6月3日7時35分ころ)
橋の上から見た感じでは、水深は腰くらいまでありそうだった。若干濁った水がゆっくりと流れていた。これで増水した状態だとは全く気が付かなかった。
6月4日9時40分ころ Mulkey Pass(745mile地点) からHorseshoe Meadowまで下りたところ。
Kennedy Meadows(702.2mile)から直でIndependenceまで行こうと考えていたが、Mt.Whitenyの登頂をより確実なものにしようと途中のLone Pineに下りることに決めた。
Horseshoe Meadow近くのキャンプ場は、ちょうどゲートオープンしたところでハイカーたちの車が入って来ており、ヒッチハイクはそれほど難しくないと考えた。
Horseshoe Meadow周辺のようす(6月4日16時20分ころ)
遠くに雪を被った真っ白の山が見えるくらいでのどかなものだった。
Cottonwood Pass(750.2mile地点)6月5日7時15分ころ
Lone Pineで補給を済ませてその日のうちにトレイルに復帰した。復帰翌日にCottonwood Passに辿り着いたところ。北側斜面に多くの雪が残っていたが、峠周辺は雪解けが進み広範囲に地面が露出していた。
ここまでは全く不安はなかった。ところがCottonwood Passを過ぎると雪の状況が一変する。
Rock Creek(760mile地点)6月5日13時50分ころ
Cottonwood Passからは雪に埋まった樹林帯を進んだ。木々に視界が遮られて右往左往しながら進んでゆく。次第に高度を下げて地面の露出が多くなって、ようやく歩きやすくなったと喜んでいると目の前に増水したCreekが出現した。
Creekのすぐ手前で早くもキャンプしていたハイカーが2,3人いたが、そういうことだったのか!と増水したCreekを目の当たりにして納得した。
渡渉するハイカー 6月5日13時50分ころ
Creekの前で呆然と立ち尽くしていると、先着していたハイカーが意を決して渡渉を始めた。ちょうどいい機会だと思い、ハイカーが渡渉するようすを観察していた。ゆっくりゆっくり慎重に歩いて行った。渡りきったハイカーは歓喜の雄叫びを上げた。
私も同じ場所から渡れるんではないかと思いトライしてみる。ところが思ったより水の勢いが強く、真ん中の一番深い場所まで行けそうにない。無理をせず引き返すことにした。
渡渉場所を探して上流に向かって川沿いを歩いた。すると100m上流に中洲があって流木が引っかかっているのを見つけた。流木を伝って中洲に上がり、そこからCreekを渡れば水量も減って渡りやすいと思った。実際にやってみると私の予想は的中し、中洲で分断されたCreekは水量が減って渡りやすかった。上流側から流木に沿って歩くと、流木が足がかりとなって歩きやすかった。
初めての渡渉はこうして無事に突破することができた。私が他のハイカーの渡渉のようすを見ることができたのは、この1回きり。あとは自分で考えるしかなかった。
渡渉ポイント下流の小滝 6月5日14時05分ころ
先ほど先行するハイカーが渡った場所の300mほど下流には小滝があった。
近くでみると轟音も聞こえてきて、滝まで流されたら助かりそうにないことがひと目で分かった。
渡渉に失敗してここまで流されたら、一巻の終わりとなる。
水量の多いCreekには、必ずこういった地図にはない小滝がある。普段はちょっとした段差だが、水量が増えると滝になる。
雪原をゆく 6月5日16時30分ころ
だだっ広い雪原を進む。雪が緩んできたため、体力をかなり消耗する。地図をみて現在位置を確認しないと、自分がどこにいるのかすぐに分からなくなる。
Crabtree Meadow手前 6月5日17時40分ころ
雪の斜面を慎重に下っているところ。樹林帯に入ると視界が悪くなるため、見通しの良いところで周辺の山を観察しておく。
Crabtree Meadow(766mile地点) 6月5日17時50分ころ
Crabtree Meadowまで下りてくると、目の前に幅の広いCrabtree Creekが横たわっていた。水深が深く泳がないと渡れそうにない。間もなく日没で気温が急激に下がってきているので、渡渉するなら早めにしておきたい。
とりあえず川に沿って下流に向かって歩いた。
Crabtree Creekの渡渉 6月5日18時00分ころ
しばらくゆくと川幅が狭くなったところに倒木が引っかかっているのを見つけた。
写真は渡ったあとで撮影した。
渡り始めは川底を歩き、流れが強くなる手前で倒木に乗り移り、滑らないように枝を持って慎重に歩いた。
渡り終えるとホッと胸を撫で下ろす。下流には大きな滝があって、丸太橋からでも滝の音がハッキリと聞こえてきた。失敗して流されたら終わり。一日の終わりころで、体力を消耗しきっていたため、岸まで泳いで辿り着ける自信は全くなかった。
そんな状況でも、渡渉を終えてからどこかでツエルトを張って休みたかった。朝一の渡渉は多少水量が減って渡りやすくなるが、渡れるかどうか不安な夜を過ごさねばならないし、水が非常に冷たい。私は渡渉を翌日に持ち越すのが嫌いだった。
Whitney Creek 6月5日18時05分ころ
Crabtree Creekを渡ってホッとしたいたのもつかの間、次なるWhitney Creekが現れた。
Mt.Whitneyに登るためには、このCreekをしばらく遡ってから渡渉しなければならない。まだ渡渉ポイントは先だが、渡れるようであれば渡っておきたかった。
Creekを遡っていくが、どこにも渡れそうな場所はない。下流のCrabtree Creekとの合流地点は流れが遅かったが、水深が深く泳いで突破しなければならなかった。すでに暗くなりかけて気温が急降下しているため、全身を濡らして泳ぐのは危険だった。無事にたどり着いても濡れた体を温めるには時間がかかる。焚き火しようにも地面が露出しているところは少なく薪になりそうな木は見当たらなかった。
Mt.Whitneyを望む 6月5日19時15分ころ
結局この日、Whitney Creekを渡るのは断念し、Creek脇でツエルトを張り翌朝水量が減ることを願ってCreekの轟音を聴きながら眠った。Mt.Whitneyには登りたい!しかし、無事渡渉をして戻ってこれるのか。渡渉で足止めを食らうと次のIndependenceに辿り着く前に食料が尽きるかもしれない。疲れていて眠りたかったが、寒さと不安のためほとんど眠ることができなかった。
Whitney Creekのようす 6月6日5時10分ころ
朝起きるとすぐにCreekの水量を確認してみる。すると思ったほど水量は減っておらず、渡渉できるとは全く思えなかった。朝一でこの状態だと、Mt.Whitneyに登って下りてきた時、戻ってこれなくなるおそれがある。
無理にここで渡渉しなくても、Creekを遡ってゆき水量が減ってから必要となった時に渡渉を行えばいいのだが、当時の私は何が何でも渡渉しようとしていた。Creekの対岸にMt.Whitneyを登ってきたと思われる大パーティを見たことで近くで渡れるものと勘違いしてしまった。寒さと疲れで思考力が低下していたことが、思い込み勘違いをより加速させた。
Mt.Whitneyのようす 6月6日5時30分ころ
Mt.Whitneyの登山を中止する口実を必死に探していたのかもしれない。雪解け水で増水したWhitney Creekを見てすぐにMt.Whitney中止を決断した。当時の私は寒さと慢性疲労で、体がボロボロだった。渡渉以前に食料が尽きるかもしれなかったし、力尽きて動けなくなる恐れがあった。Mt.Whitney中止は考えるまでもないことだった。
画像をMt.Whitneyとしているが、確信は持てない。地図で確認した方向を見ると、風格のあるひときわ高い山が見えたので、Mt.Whitneyと思うことにした。
Wallace Creek(770.3mile地点) 6月6日8時35分ころ
朝食を終えて体が温まったころに、Creekが現れた。Rock Creek同様に厳しい渡渉となった。渡渉ポイントを探してウロウロしてみたが、ここは安全だとハッキリと分かるようなところはなし。できるだけ水の流れが遅い幅の広いところを渡った。水深は膝上程度、上から見たようすだとそれほど深いようには感じなかったが、実際にCreekに入ってみると意外に深かった。水流が速いし、水の屈折があって、側から見ただけでは非常に分かりにくい。
川底のようすを靴底で感じながら、ゆっくり渡っていった。自作の杖2本を手に持っていたが、トレッキングポールに比べて径が太く水の抵抗を受けやすく流されないように突くのが大変だった。しかし、体のバランスを取るのには重宝した。何度か体が浮きそうになってヒヤヒヤしたが、なんとか渡りきることができた。
6月6日9時00分ころ Wallace Creek渡渉ポイントのすぐ下流にあった滝
対岸にたどり着いて岸に上がると、どっと疲れが出た。
このあと、雪にほとんど埋もれた標識を見落として、他のトレイルの方に下っていってしまう。
写真はWallace Creek渡渉ポイントのすぐ下流にあった滝を写す。轟音が聞こえてきたため行ってみると、かなりの落差のある滝となっていた。渡渉に失敗したら、すぐに滝まで流される。この滝まで流されたら、どうみても助かりそうにない。つまり渡渉の失敗は死を意味する。
6月6日9時20分ころ
渡渉したあとHigh Sierra Trailに下りて行き、途中で雪解けの流れに阻まれた。どうやっても突破できそうになかった。ここをどうやって迂回しようかと地図を見た時に道間違いに気がついた。ここが通れていたら、相当下まで下って行ってしまったに違いない。他のハイカーの踏み跡に釣られてしまった。
Wright Creek(771.0mile地点) 6月6日10時45分
道間違いで随分とタイムロスをする。Wallace Creekに続いてWright Creekの渡渉。
踏み跡を辿ってスノーブリッジを見つけたのだが、どうも危険な感じがする。水流に削られて薄っぺらになっている。先行のハイカーは大丈夫でも、私が渡ったら崩れるかもしれない。
水量が多く、水の中を歩いて渡れそうな気は全くしない。
倒木の丸木橋発見! 6月6日10時45分
あちこち動き回って周囲を観察すると倒木がうまいこと倒れて引っかかっている丸太橋を発見した。一見して丈夫そうで安全に渡れる気がする。ただ、丸太との段差がかなりあるので、注意が必要だった。誤ってCreekに落ちないように慎重に上り降りした。日が照ってきて暖かくなってきていたので、丸太表面の凍結の心配は全くなかった。
朝一で渡る場合は水しぶきで濡れた丸太が凍っていることがあるので注意が必要だ。実際、朝一にろくに確かめもせず安易に渡ろうとして滑って転びそうになったことがある。渡渉に慣れた時が一番危険。常に緊張感を持って望みたい。
Tyndall Creek手前 6月6日15時40分ころ
この日は道間違いを散々やらかして大幅なタイムロスをした。Wright Creekを渡ったあと、間違えてWright Creekの上流の方に向かって歩いてしまった。手持ちの地図のちょうどページを跨ぐところで、地図が非常に読みづらかった。タイムロスをすると焦りが出てきて余計に失敗をしやすくなる。こういう時こそ、冷静になってマイペースで歩いてゆく必要がある。挽回しようと頑張って歩くと無駄に体力を消耗する。キャンプサイトを探すのにも体力を必要とするので、ある程度余裕を持っていなければならない。
Tyndall Creek(774.7mile地点) 6月6日15時45分ころ
水量は少なくて渡渉の危険はなかったが、段差があるため上り降りできる場所を探さなければならなかった。上流に向かって歩いていると、手がかりになりそうな木があって、川岸の地面が露出しているところを見つけた。渡渉は簡単だった。
渡渉を終えるとすでにいい時間となっていて、左前方にキャンプに良さそうな樹林帯があった。そこなら風が吹いても大丈夫だろうと思った。岸に上がった時に水を汲んで浄水しておけば良かったのだが、そのままキャンプサイトを探しに行ってしまったため、水を汲みに戻って来なければならず、余計な体力を消耗した。
できるだけ安全に渡渉をするためには、体力と時間と食料の余裕が必要だ!
6月7日8時35分ころ
Forester Passを越えてBubbs Creek沿いに下っているところ。
日が昇って気温が上昇してきている。雪が緩み始める前に距離を稼いでおきたい。
目の前に危なそうなスノーブリッジが現れたが、時間が勿体ないからと迂回せずにそのまま渡った。細い場所に足を載せないように大きく跨いだ。バランスを崩したら危ないが、時間がないため、安全重視ばかりではいられなかった。
前日、8mileほどしか歩けず焦っていたこともある。慎重過ぎでも、大胆過ぎても良くない。幾つもの渡渉を繰り返し行うため、いちいち時間をかけていられなかった。微妙なさじ加減は自分の五感に頼る。
Woods Creekに架かるsuspension bridge(吊橋)799.8mile地点 6月11日9時40分ころ
橋を渡る前に日向で朝食を食べた。South Fork Creek沿いは雪に埋もれていてハードだった。吊橋の存在をすっかり忘れていて、途中で倒木の丸太橋を渡り対岸に渡りそうになる。ところが、そこで渡ってしまうと、渡渉不可能な急流に阻まれて引き返すことになる。
suspension bridgeやfoot bridgeが設置されているところは、水量が多くて幅が広い渡渉が困難なCreekとなっている。残雪時、橋が架かっているCreekの渡渉はまず不可能と考えておいたほうがいい。
Woods Creekのようす
凄い水流で人力のみでは渡れる気配は全くない。
角度を変えてもう一枚。流されたら一巻の終わりだ。橋を渡る以外に方法はない。
壊れたベアキャニスター(BV-500) 7月20日18時35分ころ
ちなみにCreekに流されるとどうなるのか?
このベアキャニスターはEcho Lake手前(1100mile付近)の小さなCreekに落ちていたものだ。私が通過した時は、ちいさな流れだったが、雪解け時は増水してベアキャニスターを破壊するほどの水流となると思われる。
パックリと割れているベアキャニスター。クマも破壊出来ないものを水は簡単に破壊してしまう。持っていたハイカーは無事だったのだろうか?ベアキャニスターを流されると、食料がなくなって行動不能になってしまうので、ベアキャニスターは必ずバックパックの中に入れておいた方がよい。
South Fork Kings River(811.4mile地点) 6月12日06時05分ころ
時々渡渉が難しくなると言われるSouth Fork Kings River。前日はSouth Fork Kings River手前、雪上を避けてLake Marjorie付近の小高い丘の上でツエルトを張った。
渡渉ポイントに向かって下りてゆくと、日の当たりにくい谷底で非常に寒かった。
渡渉は3回で、まず1つ目の流れが現れた。まだ早い季節のため、丈夫なスノーブリッジがあちこち架かっていて、難なく通過することができた。
South Fork Kings River 3回目の渡渉ポイント 6月12日06時20分ころ
始めの2回はスノーブリッジがあって楽に渡ることができたが、3回目は本流で厳しい渡渉となった。朝一の状態でこの水量。あちこちウロウロしてみたが、ハッキリと安全に渡れそうな場所は見当たらず。時間が経てば経つほど水量が増してくるので、迷っている暇はなかった。
先行者の足跡を参考にできるだけ浅そうな場所を見つけて渡った。川幅がかなり広いため、岩や流木の影で休みながら、少しずつ渡っていった。水はしびれるほど冷たかった。
昨日のキャンプ地がベストだったと、朝一の渡渉をしてから感じた。
Evolution Creek渡渉ポイント手前 6月14日06時30分ころ
Creek沿いを歩きながら渡れるところがあるといいなと考えていた。
Evolution Creek周辺地図(National Geographic JMT Topographic Map Guideより)
水量の多い期間はEvolution Meadowで渡りなさい。
Evolution Creek Evolution Meadowの渡渉ポイント付近 850.9mile地点
6月14日06時45分ころ
Evolution Creekは水量が多い時期は、迂回路のEvolution Meadowで渡渉することになる。湿地帯で川幅が一気に広がり流れが緩やかになっている。あちこち歩きまわって一番浅そうなところで渡渉を開始した。水深は最大で股下だった。あそこが水に触れると冷たさのあまり飛び上がりそうになった。流れは緩やかだが、水圧はかなりあって、流れに逆らわないように斜め下流方向に歩いて渡った。この渡渉ポイントも水量が増えて水深が深くなってくると安全とは言えなくなるだろう。
渡渉を終えて水から上がったところ。この日の渡渉も早すぎず、遅すぎない絶妙の時間帯だった。この時裾を絞ったロングパンツを履いていたが、水捌けが悪くて渡渉の妨げになっていた。渡渉する時だけでも裾を捲った方がいい。(渡渉にはハーフパンツが最適。)
If the water level is high, this crossing is hazardous.
Alternative crossing:Follow creek upstrem and cross at Evolution Meadow.
水深が深い時、ここでの渡渉は危険です。
渡渉の迂回路:流れを遡ってEvolution Meadowで渡渉しなさい。
Water reportには、水場情報の他に、峠の雪と渡渉の情報や山火事迂回の情報も掲載されている。PCTをスルーハイクする際は、PCTA Pacific Crest Trail Water reportに定期的にアクセスして最新の情報を手に入れておく必要あり。
少し前に斜面で滑落していたので、ここは馬乗りになって慎重にゆくことにした。
渡渉失敗を振り返る
JMT Map5ページ
自作杖2本、ペットボトル2本、浄水器1個、軍手1組、慢心
眼鏡が流されなくて本当に良かった。私の視力は0.1以下で、眼鏡なしでは戻れていたかどうか分からない。流されそうになって流木にしがみついている時、水圧が凄くて態勢を立て直すのは非常に難しかった。とっさの閃きで水の抵抗が減るようにと、体を流して手で流木を掴んだのは良かった。まだ日が高くて水温も低くなかったため、体がそれなりに動いてくれた。途中でバックパックを投棄しようか迷ったが、結果的には死守してよかった。バックパックは水に濡れてきて徐々に重たくなりつつあった。
Minaret Creek その後のようす
Kennedy Meadowsに入る前、森のなかで枝を拾って作った。
安全な渡渉のために
体を水に浸けない方法が一番安全確実で楽。
水深が浅く流れが穏やかなところを選んで渡る。
朝一は水量が減る
日中は体感的には30度を越える暑さのSierraだが、夜になると気温は急降下し氷点下まで下がる。夜間から早朝にかけて雪解けが緩やかになりCreekの水量は減る。ただし、期待しすぎるとガッカリする。Whitney Creekのそばでキャンプをした時、前日と朝の水量を比べてみると若干減ったような気がしただけだった。早朝のCreekの水は非常に冷たい。体が温まる前に行うと非常に堪える。
早い時間で渡渉を諦めキャンプすると大幅なタイムロスとなる。キャンプをする前に渡渉ポイントをあちこち探し回った方がいい。待っている間にも貴重な食料が減ってゆく。
橋は必ず渡る
Sierra山中では、水量の多いCreekには橋が架けられている。橋がないと絶対に渡れないためである。特にsuspension bridge(吊橋)は幅の広いCreekに架かっている。橋は必ず通らねばならないチェックポイントだと思っておいた方がいい。地図上ではショートカットして渡渉できそうところでも、実際に現地に行ってみると激流だったりする。
歩き回って探すのを厭わない
疲れるのを嫌って適当な場所で渡渉を行うと、私のように危険な目に遭う。自分が確信を持てる場所が見つかるまで探し回った方がいい。他のハイカーの話だと、渡渉ポイントを探すために1mileも2mileもCreekを遡ることもあるらしい。確実に渡れる場所が見つかる保証はないが、下流に向かうより上流に向かった方が水量が減って見つかる可能性が高くなる。上流、下流どちらに向かうかは現場の状況と地図を見て自分で決める。
体が小さくて軽いほど不利になる。
体に加わる浮力は、押しのけた水の体積分の重さとなる。足が浸かるくらいまではいいが、股下より上になると一気に浮力が増して流されやすくなる。小柄な日本人は渡渉に不利。
渡渉する時、危ないからと言って誰かに荷物を持ってもらうのは危険。逆に重たい方が流されにくくなる。
靴を履いたまま渡る
靴が濡れるからと言って、靴を脱いで裸足で渡るのは良くない。増水して濁った水の中は、どうなっているのか分からない。グリップが良くて川底の感触が分かりやすいかもしれないが、怪我する危険をともなう。トレランシューズはグリップも良く、水捌けが良く乾きやすいので軽量重視のスルーハイクには合っている。そもそも残雪期のSierraは靴を濡らさずに歩くのは不可能。濡れても歩いているうちに乾く。
事前の情報収集が非常に重要
Creekの状況は刻々と変わってゆくため、昨日通れたからと言って今日も通れる保証はない。ひょっとしたら情報提供者は身長180cm以上の大男かもしれない。
最新情報を入手して、先に進むか迂回路をとるかを決定する。一旦Sierraに入ると圏外となってスマホは使えない。
町にいる間に他のハイカーから意見を聞いたり、PCTAのWarter ReportやFacebook(非公開グループあり)から情報を得て、最終的には自分で決める。
おすすめスマホアプリ
私が使っていたアプリはGuthookの地図アプリ。
ダウンロードしておけば、オフラインでも地図を表示できて、現在位置も分かる。
PCTをいくつか分割して販売されている。サービスパックで揃えると安くつく。
地図画面のようす
ハーフマイルの紙地図は、無積雪期用で残雪の多いSierraの区間では分かりづらい。
その点、Guthookは一目瞭然。縮小拡大思いのままだが、縮尺には要注意。
メインのPCTの他に青線でサイドトレイルも表示される。やむなく他のルートを行く時に役立つ。
デフォルトのUSGS Topo Maps(feet)表示をGoogle Streetに変更すると、一般道が表示されるようになる。渡渉や山火事の迂回で威力を発揮する。
あらかじめ表示させておけば、オフラインでも表示される。
町でルートチェックする時に事前に読み込んでおくといい。
山火事迂回の時に一般道を歩いて迂回したが、Guthookがなければ網目のように入り組んだ林道を歩くのは無理だった。
まとめ
今回、この記事を作成しようと思ったのは、PCTを歩いていてSierraでの渡渉が一番危険だと思ったからだった。事前に見聞きしていた情報とはずいぶんと違っていた。
2017年は大雪の年で、ハードなSierraを多くのハイカーたちがスキップしていった。私もその一人だが、渡渉に失敗するまでスキップしようなどとは思わなかった。なぜなら残雪期のSierraの危険性がよく分かっていなかったから。アメリカ人と日本人とでは感覚が少しズレているようにも感じた。ハイカーのバイブルとされるYOGIのハンドブックを読めばOKという訳じゃない。事前の情報収集が非常に重要だったとあとで気がついた。
英語が堪能で読み書き英会話がスラスラ出来ればいいだろうが、私はほとんど英会話ができない状態だった。しかも他のハイカーたちとコミュニケーションがとれず一人でいることが多かった。私に出来たことはPCTAが流す情報を繰り返し読んで理解することだけだった。
Sierraの奥地に分け入ってゆくと、次第に余裕がなくなってくる。慢性疲労、残りの食料、峠の通過、Creekの渡渉など考えることがたくさんある。食料が尽きれば行動不能になるため、ゆっくり歩いている訳にもいかない。追い詰められた異常な精神状態と疲労が溜まった体で行動してゆくと、普段の自分では考えられないような馬鹿なことをすることもある。
実際、私は南に向かって歩いている時に、逆方向に2mileも歩いてしまったことがある。それに増水して明らかに危険なCreekも渡ろうとしてしまった。こんな危険な目に遭うのはもう沢山だ。私だけでいい。たかがハイキングに命を賭けることはない。
この記事は現在の私が持っているもの全てをぶち込んで書いた。今後PCTを歩く人の参考に少しでもなったら私は嬉しい。
追記~2019年はSierraの残雪多し、渡渉に要注意~
ネットで検索したところ、2019年3月22日時点で残雪量が例年の180%もあるという。
今年は雪が多いということを念頭にSierra山中での道具を用意した方がいいだろう。
参考サイト Postholer.Com(Pacific Crest Trail Snow Conditions – Mar 22, 2019)
しかし、2019年の今年は残雪が多いからといってスルーハイクを諦める必要は全然ない。スタートして歩いているうちに残雪の状況が変わってくるはずだ。事前にスルーハイク向きの軽量な道具の用意だけはしておいて、あとは現地の状況判断で続行するかスキップするか決断したらいい。道具は途中のLone PineかBishopのアウトドア用品店でも手に入る。
途中出会ったハイカーが持っていて私が欲しいと思った道具は、ポールのグリップ部分にピッケルの刃が付いたもの。伸ばせばポールとして、縮めれば簡易のピッケルとして使用可能なすぐれもの。ピッケルなしで滑落しても止まれないのでは、雪の急斜面の下降では慎重に下らざるをえず非常に時間が掛かる。
ブラックダイヤモンドのトラバースWR2ポールにウィペットアタッチメントを装着したら、安全かつ楽に歩けるようになるだろう。ただ、ペアでアタッチメントまで持つと、重たいのと収納サイズが96cmと嵩張ること。一番収納サイズがコンパクトなウィペットポールでもダブルで持つと1kg近くなる。装備の重量こそ増えるものの、その代り前進スピードが上がるため、食料と燃料を減らすことができる。ただし、食料は多めに持っておいた方が絶対いい。残雪に埋もれたSierraでは予定どおりにならないことが多い。食料があれば行動の選択肢が増えて、心に余裕が生まれる。余裕のなさが事故に繋がる。
私は一筆書きのスルーハイクができなくて、今でも時々悔しい思いをする。これからPCTに挑戦するハイカーには是非スルーハイクを達成してもらいたい。
Good luck!
おわり
コメント
同じ時期に付近のcreekで日本人女性が亡くなっていたんですね。
http://blog.goo.ne.jp/gkazk/e/85bda92fd369d5654e721549f3a0bd26
はい、そうです。
冥福を祈ります。
雪解け時のCreekは刻々と状況が変わるため、行ってみないと分からないことがあります。
そして行ってみて確認すると危険だと分かっても、食料の残りが少ないと行くしかない時があります。
食料をたくさん持てばいいんですけど、重たくて全然歩けなくなりますので、食料を豊富に持ってゆくことはできません。